RED文庫]  [新・読書感想文


【最新作】

イ●カに●った●年


 光すら届かぬ海の底に、莫大な財宝が眠っている――



 そんな噂を聞きつけて、一攫千金を狙った金の亡者たちがこの小さな島へやって来る。
 金に糸目をつけない大富豪がたくさんの人足を雇って探させたこともあったし、東の国の王様が国家の威信とやらを賭けて船団を連れて来たこともあった。でも、財宝は未だ海の中――ううん、ひょっとしたら、そんな噂話なんて嘘っぱちで、財宝なんてありはしないのかも。
 でも、ここで暮らす私たちにとって、島の外から大勢の人たちが来てくれるのは大歓迎だ。ここに滞在してくれる間、色んなことでお金を落としていってくれるから。お陰で私たち島民の生活はとても潤っている。財宝様々、探検家<トレジャーハンター>様々だ。
「ココ! 六番テーブル、あがったよ!」
「はぁ〜い!」
 どんなに店がガヤガヤうるさくても、女将の声はよく通る。私は二番テーブルの客から素早く注文を取ると、厨房に取って返した。
「ニ番さん、パームエール三つとピンクロブスターのグリルシチュー三丁! それから魚介クリームサラダ二人前に、海鳥のもも揚げ大皿で一丁!」
「あいよ!」
 私からの注文を受けて、女将は亭主である料理長に伝えた。私はできあがった六番テーブルの料理とパームエールのジョッキ四つを持って運ぶ。この大衆食堂で働き始めた頃は、ジョッキを両手に一個ずつ持つだけでも腕の筋肉がぷるぷるしてたのに、今では一気に両手十個くらい平気だ。これでもまだ可憐な乙女のつもりなんだけど。
「お待たせしました! パームエール四つに琥珀貝の香草オイル炒めです! 熱いので、気をつけてお召し上がりください!」
 私はテーブルの客に愛想笑いをしながら、その場を離れる。他に用がありそうな客がいないか店内に目を配っていると、新たな入店者が訪れた。
「いらっしゃいませ!」
 やって来たのは、一人の青年だった。肌の色が白いから、この島の人間ではない。もちろん、そういう肌の色をした人間も財宝騒ぎのせいで見慣れてはいるけど、ちょっと後ろを気にするような素振りが引っかかった。
「お一人様ですか? でしたら、カウンター席に――」
「いや、奥の席がいい」
 言葉はちょっとぎこちない南洋語だった。やや青ざめても見える顔色が好ましくないが、育ちの良さそうな顔立ちをしている。こういうお坊ちゃんが一人でこんな店を訪れるなんて珍しい。
 店内は混んでいたものの、空席がないわけではない。希望通り奥にある二人がけのテーブルに案内した。
「ご注文は?」
「何か飲む物を」
「パームエールはいかがですか? この島の名物なんです」
「じゃあ、それを」
 注文をしている間も、その青年は油断なく店内を見回し、まるで危険がないかを探っているようだった。何かワケありなのかな。変なトラブルが舞い込まなきゃいいけど。
 私は女将に様子がおかしい青年のことを話そうかどうか迷ったが、次々に仕事が立て込んでしまい、つい言いそびれてしまった。
 やがて、注文したパームエールを運んで行くと、青年は背を丸めるようにして座り、手にしている何かを見つめているようだった。
「お待たせしました! ご注文のパームエールで〜す!」
 私の営業用の声に驚いた青年は、手にしていた物を懐に隠そうとした。ところが慌てたせいで、ひっこめかけた手をテーブルにぶつけてしまい、それを床に落としてしまう。あっ、という青年の驚いた顔。私の足下に落ちた物が転がってきたので、青年が手を伸ばすより早く拾ってあげた。
「あら、きれい。宝石?」
 それは見たこともないきれいな青い宝石だった。しかも大きい。小振りな玉子一個分くらいある。何だか宝石の中でキラキラしたものが星のように瞬いているみたいだった。
「返せ!」
 青年は拾ってもらった礼も言わず、私の手から引っ手繰るみたいに宝石を取り返した。何て礼儀知らずな人だろう。
 私は宝石について訊いてみたかったが、青年にその気がなさそうなので諦めた。客のプライバシーには立ち入らないというのが、女将からの教えでもある。
「ごゆっくりどうぞ」
 青年の前にパームエールを置き、私はテーブルから離れようとした。すると、また新しい客が入店して来るのが見えた。
「いらっしゃいませぇ!」
 今度の客は四、五人のグループで、ちょっと近づき難い雰囲気を持った男たちだった。どれも帯剣していて、ならず者<アウトロー>が少しだけ上等な衣裳を身につけた感じだ。
 こんな商売をしていれば、そんな客だって対応しなくちゃならない。これでも経験豊富な私としては、第一印象がよろしくない客でも平気なつもりだった。
 ところが、こちらを向いた男たちの形相が変わり、血の気の逸った一人が抜剣したではないか。あわわわわっ!
「ここに居やがったか!」
 嘘でしょ? 私、アンタなんか知らないんだけど。
「キャー!」
「危ない!」
 殺されると思った瞬間、私は後ろから押され、床に倒れ込んだ。あの宝石の青年が私をかばってくれたのだ。
 その拍子にテーブルも横倒しになり、それが丁度、襲ってきた男の脛を直撃。襲撃者を怯ませ、一瞬の隙を作るのに充分な時間稼ぎになった。
「大丈夫か?」
 青年は私と一緒に倒れ込んだ格好になっていた。恐かったけど、とりあえず何処も斬られていないようだ。私は半ベソでうなずく。
「すまない、巻き込んで」
 あっ、狙われたのはそっち? つまり私はたまたま近くにいた巻き添えってこと?
「出口は?」
「あ、あっちに裏口が」
 私から裏口の場所を聞き出すと、青年は立ち上がり、店の外へと出て行った。男たちも慌ててそれを追う。
「ちょっと、アンタたち! 私の店で騒ぎを起こして、どういうつもり!」
 女将が厨房から武器となるフライパンとすりこぎ棒を手に現れたときには、もう時すでに遅し。騒動を起こした連中は誰一人として店に残っていなかった。
「怪我はないかい、ココ?」
「う、うん……」
 女将の手を借りて、ようやく私は立つことが出来た。危うく刃傷沙汰になるところだったけど、店の被害は倒れたテーブル一脚と床にこぼれたパームエール、それに慌てて跳び退いて転んだ一名の客が軽い打撲と、それほどでもなかった。
 多分、あの男たちは青年が持っていた宝石を狙っていたのだろう。いかにも曰くありげな宝石だったもの。あの青年、悪い人には見えなかったけど、大丈夫なんだろうか。
 騒ぎの巻き添えになった客に対し、女将はパームエールを全員に振る舞うことで謝罪した。
 私は思わぬアクシデントを呪いながら、後片づけを始めようと、まずは倒れたテーブルをよっこらせと起こす。そのとき、何か硬いものがエプロンのポケット辺りで当たったような気がした。
「まさか……まさかねぇ……」
 誰にも悟られないよう、私はこっそりポケットの中を調べてみた。指先に玉子くらいの大きさのものが触れる。これは……!?
 次の瞬間、私はもう一度、心臓が止まるかと思った。



 あろうことか、エプロンのポケットにあったのは、あの青年が持っていたはずの青い宝石だった。偶然、紛れ込んだはずがない。あの青年が騒動のどさくさに忍ばせたのだ。自分が連中の手に落ちても、この宝石を渡さぬために。
 それからというもの、私はまるで生きた心地がしなかった。家に帰っても、あの男たちが宝石を狙って襲って来るんじゃないかと怯え、一睡も出来なかったし、夜が明けて店へ出ても、やはり連中が戻って来るんじゃないかと気が変になりそうだった。
 かと言って、このことを誰にも相談することも出来なかった。本当は女将にでも話せればよかったと思うけど、相手は大衆の面前で剣を抜くような連中だ。下手に巻き込んだら、今度こそ何をされるか分からない。
 いっそのこと、宝石を海に投げ捨てようかとも考えた。けど、さすがにそれはためらわれる。何しろ、玉子一個分はあろうかという大きな宝石だ。どれだけの価値があるものか、想像するだけで恐ろしい。もしも、私がこんなお宝を持ち歩いていると知ったら、財宝目当てに集まって来たならず者<アウトロー>どもが、血眼になって手に入れようと近づいてくるだろう。
 そのようなわけで、私は戦々恐々の中、無事一日を終えた。
 幸い、私を見張るような怪しいヤツには気づかなかったし、島で若い男が斬り殺されたなんて物騒な話も聞かなかった。終わってみれば、平々凡々な日常。ううっ、却って何かが起こる前触れじゃないかと思ってしまうんですけど……。
「また明日も頼むよ、ココ」
 女将に見送られ、私は家路に就いた。日がとっぷり暮れていても、いつもなら気にならない帰り道のはずなのに、今はとても恐ろしくて仕方がない。
 あそこの闇の中に連中が潜んでいるのではないか。いきなり飛び出してきて、問答無用にバッサリと――とか何とか。
 賑やかな繁華街から外れると、私の家まではあと少しなのに、そこからめっきり出歩いている人の姿がなくなった。ここから先は、元々、島に住んでいる人しかいないせいだ。
 待ち伏せがあるとしたらここかも、なんて思いながら足を速めようとした途端、いきなり私の前を黒い影が立ち塞がった。
「キャッ!」
「静かに!」
 ぬっと白い手が伸びて、私の口を塞いだ。あのならず者<アウトロー>たちではない。宝石の青年だ。
 夜も更けているというのに、青年の手はまるで光っているみたいに白かった。やはり私たち島民のような褐色の肌ではない。しかも唇に触れている指先がとても冷たかった。
「あれを返してくれ」
 相変わらずぎこちない南洋語で青年は喋った。どうやら危害を加えるつもりはないらしい。その証拠に青年はゆっくりと手を離してくれた。私はちょっとショックで言葉が出て来なかったが、これで問題から解放されると思い、うなずいた。
 青年が持っていた青い宝石は、簡単には見つからないよう、私がいつも首から下げているお守り袋の中に隠していた。肌身離さず身につけていないと不安で仕方なかったのだ。
 私はお守り袋を取り出し、中から宝石を取り出そうとした。ところが宝石が大き過ぎて、簡単には出て来ない。入れるときも苦労したのだ。無理に出そうとすると、お守り袋が破けそうだった。
「見つけたぞ!」
 私がお守り袋と悪戦苦闘しているうちに、例の連中が現れた。やはり私がマークされていたのだろうか?
 たった一人の青年――と私――に対して、間違いなく戦闘訓練を受けたであろう男たち五人。しかもこっちは丸腰だ。
 焦れば焦るほど、私はお守り袋から宝石を取り出すことが出来ず、青年は業を煮やした様子だった。
「こっちへ!」
 私の手を取ると、青年は強引に引っ張った。
「ちょっと、何処へ行くつもり?」
 青年が向かったのは、この島の南にある崖の頂上だった。そんなところへ登っても、目も眩むような高さの断崖絶壁があるだけで逃げ場はない。海に飛び込んだところで助かる見込みは薄かった。
「ダメよ、こっちは!」
「いや、こっちでいいんだ」
 私の手を引きながら、青年は息を乱すこともなく崖を駆け登った。地元の私の方こそ足がもつれそうになるくらい速い。追いかけて来る連中との差は開いた。
 しかし、どんなに引き離せたにしても、崖の頂上で追いつかれるのは明白だった。それとも青年には何か逆転の秘策でもあるのだろうか。私の命運は、この青年にかかっていると言ってもいいのだから、そうであることを祈りたい。
 これ以上、逃げることが出来ないところまで来ると、青年は私の手を離し、もう一度、宝石を渡すよう急かした。分かってますって。今、渡すってば。
 息を切らせながらも、私はようやくお守り袋から宝石を取り出すことに成功した。すると、またしても青年は引っ手繰るようにして宝石を取り戻す。勝手に預けたくせに、今回も「ありがとう」の一言もなしかい。
 そんな私の不満も、青年が手にした途端に生じた宝石の変化に掻き消された。宝石がこれまでになく輝き出したのだ。その輝きは私たちの顔を明るく照らし出すほどだった。
「きれい……」
 私はその青い光に魅入られた。
 しばらく見ていると、宝石から青い光が真っ直ぐと伸び、夜の海へと吸い込まれてゆく。すると暗かったはずの海が、その場所だけ青白く光り始めた。確かあっちは財宝が眠っているっていう方角じゃなかったっけ?
「ま、待て! それをこちらに渡せ!」
 ようやくと言うべきか、男たちが呼吸困難ながら私たちに追いついた。こんな状態で剣を振るう元気がまだあるのだろうか。
 青年は男たちを振り返った。
「これは僕のだ。僕はこれを持って帰る」
「帰る? 帰るって何処へ?」
 男たちに代わって私が質問してあげた。
 すると青年は黙って人差し指を向けた。てっきり海を指すのかと思ったら、意外にも頭上だった。そこには星々が煌めいている。
「えっ、上? 空?」
「違う! そいつは異界から来たんだ! 人間じゃない!」
 男の一人が教えてくれた。私は信じることが出来ず、思わず青年の顔を見上げる。
「そう。僕はあの星々のさらに向こうから来た。この惑星を調査するために」
「わ、惑星……? 調査って……?」
「そう言って、そいつは我が国王陛下に近づき、様々な新しい知識を教えてくれる代わりに、我が国のみならず、他国のことを詳細に調べ上げ、その情報を自分の国に持ち帰るつもりなんだ! お前が帰ったら、今度は仲間を大勢連れて攻めてくるつもりなんだろ!」
「そんなことはしない。僕はただ、この惑星の環境が僕の仲間たちが暮らすのに適しているか調査しただけだ」
「それ見ろ! そうやって俺たちを皆殺しにして、お前たちが乗っ取るつもりなんだ!」
「誤解だ。あくまでも環境調査だ。力尽くで制圧する気なんてさらさらない」
 双方が何を言っているのか、私には難し過ぎて、さっぱり分からなかった。ただ、青年は自分の故郷に帰ろうとし、男たちはそれを阻止しようしているということだけで――
「あなたを……信じていいの?」
 私は青年の顔を見つめた。肌の色は白いけど、やっぱり悪人だとは思えない。
「信じてください」
 青年は真っ直ぐ私を見た。私はうなずいた。この青年を信じることにする。
「帰る前に、あなたの名前を教えて。私はココ」
「カイト」
「カイト? それがあなたの名前なのね?」
「ダメだ、行かしちゃならん!」
 男たちは最終手段として、力による阻止行動に出た。だが、その刃が届く前に、青年カイトは宝石を胸に抱き、海へと身を投じた。
「ああ……」
 落ちて行くカイトは、途中で光に包まれると、人の姿から別のものへと変化した。例えるなら、青く光るイカだろうか。きっとそれがカイトの本来の姿なのだろう。
 海の中に没したカイトは、そのまま青白く輝きながら、さっき宝石が指し示した方角へ一直線に泳いで行ってしまった。
 その姿が見えなくなると、今度はより大きな青い光が海中から浮かび上がった。それは海上へと浮上すると、まるで雲のように空中を漂い始める。形は眩い光のせいでよく分からない。
 崖の上に取り残された者たちは、私も含め、ただポカーンと口を開けて見ているしかなかった。
 カイトが乗ったと思われる大きな光の塊は、スーッと夜空に吸い込まれ、やがて星々の煌めきに紛れて見えなくなってしまった。



 移民候補惑星環境調査官のカイトは、次の目的地に向かいながら、簡単にレポートの下書きをした。
「『調査した海洋惑星は水質に問題はなかったものの、気温が基準値よりも高いため、我々の移住に適さず』――と。次は太陽系の第三惑星だったな。今度はうまく適合してくれるといいのだけれど」


「イ カになった青年」完(笑)




 ※ 本書は“覆面作家企画7”に提出した作品に、加筆・訂正したものです。


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