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トドメを刺すべく、ウィルは駆けた。《光の短剣》が輝き出す。
「こうなったら──ヴァイツァー!」
タルボックは呪文を唱えた。タルボックの周囲を突風が渦巻き、雪を舞い上げる。まるで小さな台風に変じたかのようだ。
ウィルはそのまま吹雪のベールに守られたタルボックに突進した。《光の短剣》を突き立てようとする。だが──
「!」
その寸前で、ウィルの身体は吹き飛ばされた。あまりの強風に近づくことも出来ないのだ。
吹き飛ばされたウィルは、うまく空中でバランスを取り戻し、雪の上にふわりと着地した。だが、そこへ猛烈な豪雪が襲う。タルボックの吹雪が強化されたのだ。
「ヴィド・ブライム!」
ウィルはファイヤー・ボールを発射した。だが、タルボックが作り出すブリザードの前に、ファイヤー・ボールは着弾する前に火球が小さくなり、吹き飛ばされるように霧散してしまう。どうやら、爆炎系の攻撃魔法は通用しないらしい。
ならばと、ウィルは電撃系の攻撃魔法に切り替え、ライトニング・ボルトを発動した。迸る電光。だが、これもまた、ブリザードの表面で電撃は歪められ、火の手が回った人形屋敷に直撃する結果に終わった。
「ハッハッハッ、どうやら打つ手なしのようだな」
吹雪の向こうで、タルボックが嘲笑した。それを表すかのように、竜巻は大蛇のように踊りながら、うごめく。
「今度はこちらから行くぞ!」
タルボックはそう宣言し、竜巻をウィルへと向けた。ウィルのマントが猛烈な吹雪を受けて、ちぎれそうにたなびく。
《光の短剣》を構えて待ち受けるウィルに、竜巻が襲いかかった。突風の向こうから、タルボックの爪が繰り出される。
ズババババッ!
タルボックの攻撃は、見る間にウィルのマントをズタズタにした。
「どうした、黙って殺られるだけか?」
タルボックは勝ち誇ったように言った。
しかし、マントは切り刻まれても、ウィル自身は傷を負わされてはいなかった。紙一重のところで、ウィルは攻撃を見切っているのだ。
だが、ウィルから攻撃が届かないのは確かだった。ウィルは一旦、後ろに飛び退き、ボロボロにされたマントを外す。マントはそのまま吹雪に飛ばされ、いずこかへ消えていった。
「攻防一体とは、まさにこのことだな」
ウィルは茫洋と呟いた。よもや、本当に手も足も出ず、あきらめたのか。
否──
ウィルの眼は、まだ鋭さを失ってはいなかった。むしろ、強い意志の光は増したかのように見える。
吟遊詩人ウィルは無敵の魔人だ。
「ヴィム!」
ウィルはレビテーションの呪文を唱えると、雪が舞い落ちてくる夜空へと浮かび上がった。人形屋敷の屋根よりも高い空中で静止する。
タルボックが作り出すブリザードも、ここまでは効果が及ばなかった。タルボックは不審に思って、空を見上げたはずだ。頭上のウィルを。
「一つ見落としたな」
そのウィルの言葉が、果たしてタルボックに聞こえただろうか。
ウィルは身を躍らせるようにして、タルボックの竜巻へと降下した。
竜巻の威力は凄まじいが、一点だけ、それが及ばない箇所がある。それは──竜巻の中心部。
竜巻が作り出す吹雪のトンネルをくぐり抜け、ウィルはタルボックへ急降下した。
見上げるタルボック。その表情は驚愕に固まった。
「ば、バカな……!」
ズバッ!
《光の短剣》はタルボックを頭頂部から真っ二つにした。
「うげっ!」
タルボックの短い苦鳴。次の瞬間、竜巻は突如として消滅した。
左右に分断されたタルボックの身体が雷に打たれた大木のように倒れると、ウィルはすっくと立ち上がった。これほどの死闘を演じたというのに、強敵の屍にも一瞥を向けただけ。《光の短剣》を鞘に収めると、ウィルは燃えさかる人形屋敷から離れるように歩き出した。
赤い炎に照らされた白い雪に、長く尾を引く黒い美影身。雪はその姿をかき消すように、ただしんしんと降り続くのだった。
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