RED文庫]  [新・読書感想文



透明メガネ


 男は届けられた包みを、いささか乱暴に開けた。中から現れたのは何の変哲もないメガネ・ケース。試しに振ってみると、カラカラという軽い音がする。男の喉がゴクリと鳴った。
 インターネットで注文した、待ちに待った品物だった。
『遂に男の夢が実現! 透明メガネであのコの裸を覗いちゃおう!』
 あるホームページの広告で踊っていた下世話なキャッチ・コピー。だが、カノジョいない歴三十年の男にとって、それは心を動かされるものだった。
 昔、マンガなどで、洋服が透けて裸が見られるメガネが描かれていたが、それを商品化したというのだ。そのメガネさえあれば、女性の生の裸を見ることが出来る。考えただけで、色々な妄想が浮かんだ。
 五十万円という、いささか高い値段も気にせず、すぐに注文した。そして一週間後、遂にその商品が男の元へ届いたのだ。
 男はそっとメガネ・ケースを開けた。
「!?」
 男は愕然とした。メガネ・ケースの中には、何も入っていなかったのだ。
 だが、ひょっとしたらと思い直し、男はケースの中に指を伸ばす。
 指先が透明な何かに触れた。男はそれをケースから取り出し、指で形を確かめた。
 目には見えないが、それは確かにメガネだった。すべて同じ素材で作られているのか、レンズばかりでなくフレームも透明だ。しかも驚くべきことに、どのような角度にしても光が反射することなく、見ただけでは何も持っていないようにしか思えない。
 男はもう一度、メガネ・ケースの商品名を見た。“透明メガネ”。確かに間違いではない。
「くそっ、何が“透明メガネ”だ! バカにしやがって!」
 男は腹が立った。こんなものはすぐに返品してやる。男は目に見えないメガネを苦々しくケースにしまった。



「社長、先月の売り上げ報告です」
 美人秘書がまだ若い青年社長に報告書を渡した。青年社長は報告書に目を通す。
「最悪だな」
 ほんの少しだけ、報告書の数字とグラフに目を通して、社長は思わず苦笑した。
「発売以来、注文数は確実に伸びていますが、なにせ返品が多くて。このままでは来月にも経営困難に陥ります」
「そうだな」
 青年社長は頭を掻いた。社長自ら開発した透明メガネ。それを販売して一旗上げようと借金までして会社を興したが、完全に目論見が外れてしまっていた。まったく、世の中にはこのメガネの価値が分からない男が多すぎる。
「あ、あの……」
「何か?」
 恥ずかしそうに身悶える美人秘書に、青年社長は尋ねた。
「社長は今、あのメガネを使っていませんよね?」
「なぜかね?」
 青年社長は笑いながら、とぼけた。実は透明メガネをかけているのだが、そのメガネが誰の目からも見えない以上、美人秘書には判断がつかない。しかし、美人秘書は青年社長の視線が耐えられなくなったように、羞恥に顔を染めていた。
「それにしても、即座に返品してきたヤツらはバカだな。だいたい、透明メガネをかけていることが分かっては、女性に警戒されてしまうではないか。そうだろ、君? だから、誰にもかけていることが分からないようメガネそのものを透明にしたのに。買ったヤツらは、そんなことも分からないのかねえ」
 青年社長は、愚かな客たちをバカにしながら、美人秘書の素晴らしい裸身をニヤニヤしながら眺めた。


<END>


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