「おじいちゃん、どお?」
孫のミツオはリズム良く、祖父である徹夫の肩を叩きながら、尋ねた。
ミツオは今年、幼稚園に上がったばかり。ミツオの父、英夫が、息子とのスキンシップにしようと教えた行為だったが、ミツオはそれを得意がって、おじいちゃんにもしてあげると徹夫にまとわりついた。
もちろん、それを徹夫が厭うはずがない。実の息子にも見せたことのないような笑顔を浮かべ、孫に肩を貸していた。
「どうだ、ミツオ。おじいちゃんの肩は?」
「すっごく、こってるよぉ!」
どこでそんな言葉を憶えたのか、ミツオは真面目腐った顔で言う。思わず、徹夫は苦笑した。
「そうか、そうか。うんうん」
実際、徹夫は会社の仕事が忙しく、体のあちこちに疲れがたまっていた。だが、こうして孫に肩叩きをしてもらっていると、その効果はともかくとして、心底、気持ちをリラックスさせることが出来る。それこそが一番の効用ではないか。徹夫は気持ちよさそうに目を細めた。
「おじいちゃん、きもちいい?」
「ああ、気持ちいいよ」
「じゃあ、ぼく、大きくなっても、おじいちゃんの肩を叩いてあげるよ」
ミツオが無邪気に言うのを、徹夫は微笑ましくうなずいて聞いていた。
「退陣?」
まだまだ会社のトップとしてやれる自信を持っていた徹夫は、新しく就任したばかりの若社長の顔を、険しい表情で見上げた。だが、若社長は涼しい顔だ。
「ええ。失礼ながら、会長の考えは今の時代に通用しません。会社のためを思うのでしたら、すみやかに引退なさってください」
歯に衣着せぬ物言いに、徹夫は苦々しげな表情を作る。
「お前、誰に向かって──」
「これは役員会の決定です。満場一致の、ね」
若社長は芝居がかった仕種で、後ろに控えている十名の役員たちを振り返った。役員たちは会長の逆鱗に触れるのが恐ろしいらしく、皆、押し黙ったままである。だが、若社長の側についているのは確かで、長年、仕えてきた会長に憐れみの視線さえ向けていた。
「ば、馬鹿な……」
いかにワンマンな会長と言えども、役員会の決定事項には逆らえなかった。徹夫は言葉を失い、力なく、椅子に腰を落とす。これも時代の流れというものか。
「これからは私に任せてください。今よりも会社を発展させて見せますから」
若社長はそう言って、徹夫のすぐそばまで近寄ってきた。そして、親しげに徹夫の肩をポンと叩く。
「どうぞ、のんびりと隠居していてくださいよ。ねえ、おじいちゃん」
徹夫は、すっかり経済界のニューリーダーになった孫のミツオを見て、途方もない寂しさを感じた。そして、ため息をつきながら、机の上に飾られた、まだあどけなかった頃のミツオが写った写真スタンドを一瞥し、ギュッと目を閉じるのだった。