RED文庫]  [新・読書感想文



落 書 き


 オレは憤りを感じていた。
 オレの話を聞けば無理もないと思うだろう。同じことをされれば、誰だってオレと同じ怒りを持つはずだ。
 まったく、最近の世の中はどうなっているんだ。
 オレは新居に引っ越して来たばかりだった。実は前の所にいづらくなったので、仕方なく引っ越したのだが、今、その話は関係ない。
 とにかく、オレの新居に対して、言語道断のいたずらをするヤツがいるのだ。
 どんないたずらかって? なに、大したことはない。幼稚ないたずらだ。だが、それだけに余計、腹が立ってくる。
 オレが悩まされているいたずらは落書きである。それも新居の壁一面にでかでかと書かれた落書きだ。
 なあ、ふざけているだろ? 書くのなら、紙でもノートでも、好きに書けばいい。なのに、どうしてオレの新居の壁にわざわざ書くんだ? その神経がオレには分からない。
 しかも、その内容がさっぱりだった。どんなメッセージが落書きに隠されているのか、オレには皆目、見当もつかない。ひょっとすると最初から意味がないのかも知れないが、それならそれで最初から書かなければいいではないか。まったく、こんないたずらをするヤツの気が知れないぜ。
 だが、その落書きには不思議なことがあった。壁一面に書かれたはずの落書きが、いつの間にか消えているのだ。
 もちろん、オレは消していない。と言うか、あれだけ広範囲に書かれた落書きをすぐに消そうという気力は、なかなか起きないものだ。第一、オレが作業しても、一日じゃ終わらないだろう。
 ところが、時間をおいて外へ出てみると、あれだけ隅から隅まで書かれていた落書きが、きれいさっぱりと消えてしまっているのだ。それも短時間のあいだに。他の誰かが消しているとしか思えない。
 そして、さらに腹立たしいのは、やっと消えた落書きが、またしばらくすると書き込まれていることだ。落書きの内容は、毎回、違う。いや、少なくともオレにはそう見える。
 落書きが書かれては消され、消されては書かれると言う繰り返しに、オレの怒りは限界を超えようとしていた。
 一体、犯人はどこのどいつだ? 落書きを消しているのも同じヤツなのだろうか?
 そして、いよいよ、オレは犯行現場を目撃した。
 それはたまたま新居から外へ出たときだった。今まさに犯人が、オレの新居の壁にでかでかと落書きをしている最中だった。
 オレは犯人を見た。意外にも犯人は女だった。オレは何か言ってやろうと、声を上げかけた。
 だが、次の瞬間、女もオレの方を見た。その目が大きく見開かれる。
「キャーッ! ゴキブリ!」
 女が大声を出したので、オレはビックリして、新居である黒板の隙間にガサゴソと身を引っ込めた。


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