「まいど〜、おなじみ〜、ちり紙交換でぇ〜ございま〜す」
独特なイントネーションで呼びかけるそのスピーカーの声に、堪らずクラスメイトの一人が吹き出した。
中間テストの真っ最中である。しんと静まり返った教室。聞こえるのはシャープペンシルが答案用紙の上を走る音と、消しゴムをかけたときの机のガタガタとした音だけ──だったはずだが、予想もしなかった音の介入に、沈黙は意味を失った。一人が吹き出すと、あとはダムが決壊するような破綻の仕方で、あちこちから忍び笑いが漏れた。
「はいはい、静かに!」
試験官である担任の教師が静まるよう呼びかけるが、一度ほどけた緊張は、なかなか元には戻らない。皆、ひとしきり笑った。
(まただ……)
クラスで笑わなかったのは、多分、私だけだろう。このハプニングを招いたのは、私だと自覚しているからだ。
よく“雨女”というのは聞くと思う。どこかへ遠出しようとすると、必ず天候が悪くなってしまうというヤツだ。
私の場合は“音女”だった。いつだったかテレビで、とある女優が話しているのを聞いたことがある。屋外ロケなどで、いざ本番となって演技を始めると、通りがかった車のクラクションやギャラリーの声を音声が拾ってしまい、本番が台無しになってしまうことがあると。その回数が頻繁だと、その女優は“雨女”ならぬ“音女”として、共演者やスタッフから敬遠されるのだと言う。
まさしく私がそうだ。何か特別な場面になると、決まって外部の音に邪魔されるということが頻発し、困っているのである。今も中間テストという、とても緊張している瞬間に、ちり紙交換の車がスピーカーのボリュームを最大にしながら学校の近くへやって来たというのは、きっと単なる偶然ではなく、私が持って生まれた“音女”という境遇のせいに違いなかった。
しかし、私には決意していることがあった。クラスメイトのトオルくんに告白することである。
トオルくんは、恥ずかしながら私の初恋の相手だ。小学校から今の高校に至るまで、ずっと一緒だった。
これまでも何度か、トオルくんに告白しようとしてきた。ところが、私が“音女”のせいで、いきなりヘリコプターが低空を飛んできたり、誰かがガラスを割った音に邪魔されたりと、なかなか私の想いをトオルくんに伝えることが出来ないでいる状態だ。何度、告白を断念しようと思ったことか。しかし、私のトオルくんに対する気持ちは断ち切れないでいた。
そして、今日、私は意を決して、トオルくんへの告白を決めた。この日のために策を練ってきたのだ。
すべての中間テストが終了した放課後、私は半ば強引にトオルくんの腕を引いて、ある場所に連れていった。
「おい、榊原! どこへ行くんだよ!?」
「いいから、黙って来て!」
私は顔から火を吹きそうなほど赤面しながら、トオルくんを誘った。トオルくんもいきなり私にそんなことをされて、かなり照れくさそうだ。それでも私は構わず、廊下を足早に歩いた。
「ここに入って」
私がトオルくんに促したのは、放送室のブースの中だった。中は防音設備が整っている。これなら、どんな突発的な外部の音でもシャットアウトできるはずだ。
私は後ろ手に誰もいない放送ブースの厚い扉を閉め、戸惑った様子のトオルくんを見つめた。
トオルくんは私と二人、密室の中に閉じこめられて、余計に緊張している様子だった。所在なげに、体をもじもじさせている。
私の心臓は高鳴っていた。ああ、ついにこの瞬間が来たんだ。
「と、トオルくん……」
「榊原……」
放送ブースの中が息苦しく感じたのは、何も狭い密室という理由ばかりではなかったはずだ。
私は一度、息を大きく吸い込んだ。そして──
「私、前からトオルくんのことを──」
その瞬間──
ぷぅ〜う!
今まさに私が告白しようとした刹那だった。空気が漏れるような音がして、私の言葉を遮った。
目の前では、トオルくんがさらに頬を染めていた。
「ご、ごめん……」
それはトオルくんのおならの音だった。
やっぱり私は“音女”だったのだ。この大事な場面を、まさかおならの音に邪魔されるとは。
私は一気に恋心が冷めていくのを感じた。鼻がもげそうな強烈な臭いの中で。