RED文庫]  [新・読書感想文



危険感知器


「やった! ついに完成したぞ!」
 研究室から飛び出してきた博士は、年甲斐もなくはしゃぎながら、その場で小躍りした。助手Tは博士とは長い付き合いだが、こんなに感情を露わにしている姿は初めて見た。
「博士、今回は何を発明したんです?」
 博士の助手だというのに、Tはその研究内容をまったく知らなかった。博士は秘密主義者なのである。
 待ってましたとばかりに、博士はニヤッと笑った。
「これだよ、これ! これぞ、まさに世紀の大発明だ!」
 そう言って、博士は背中に隠していたものを助手Tに見せた。Tは思わず言葉を失う。
「そ、それは……?」
 博士が取りだしたのは、一見、パトカーや救急車の屋根についている赤い回転燈に似ていた。いや、見れば見るほど、それ以外の何ものでもない。唯一、異なっている点は、回転燈の下にベルトのようなものが取り付けられていた。
 博士は助手Tの反応が気に入らなかったらしい。唇をへの字に曲げた。
「見て分からんかね?」
「はあ……」
「これは“危険感知器”だ」
「“危険感知器”?」
「その通り! 人生には色々な危険が潜んでいる。事故や災害といった予想もしないアクシデントで命を落とすというのは、本当にやりきれないものだ。人間なら誰しも天寿を全うしたいと思うだろ? しかし、この機械さえあれば、自分に危険が迫っていることを事前に知ることができるのだ。──もっとも、これは試作段階で、命に関わるような危険しか感知できないが」
 博士の説明を聞いて、助手Tは胡散臭そうな顔をした。
「危険を事前に知るですって? そんなことが可能なんですか?」
「可能だとも! こうして、この“危険感知器”を頭にかぶってだな──」
 そう言って博士は、“危険感知器”を頭に乗せ、ベルトを顎に回して、スイッチをオンにした。すると──
 キンコーン キンコーン キンコーン ……
 いきなり、“危険感知器”は反応し、けたたましい警報音と赤色灯が回転を始めた。二人はビックリして仰け反る。
「い、一体、何が?」
「いかん! どうやら私の身に危険が迫っているようだ!」
「え? 何ですって?」
「こうしてはおれん!」
 博士は急いで部屋から廊下へと出た。しかし、“危険感知器”は鳴り続けている。助手Tが顔を覗かせた。
「博士、どんな危険が迫っていると言うんです?」
「そこまでは分からん! だが、私の命が危ないことは確かだ! ひとまず、私はこの場を離れる!」
 助手Tにそれだけを言い残すと、博士は研究所の外へと飛び出した。
 最初は研究所に何らかの危険が潜んでいるのかと思ったが、博士が移動しても、“危険感知器”は作動を続けていた。焦る博士。とりあえず、もっと遠くへ逃げるべきだろうと考えた。
「タクシー!」
 うまい具合に通りがかったタクシーを博士は止めた。タクシーの運転手は、白衣を着て、頭に回転燈をかぶっている滑稽で怪しい人物を乗車拒否しようと思ったが、ほとんど通せんぼ状態で道をふさがれては、従うしかない。
「とりあえず、どこでもいい! どこか遠くへ行ってくれ!」
 博士はタクシーの運転手に、そう告げた。しかし、運転手は渋い顔だ。
「その前に、その頭のうるさいヤツ、止めてくれませんかね?」
 車内に警報音が鳴り響き、運転手の神経を逆撫でした。だが、博士は腕組みしてシートにふんぞり返ると、完全に居直る。
「ここから離れれば、じきに鳴りやむはずだ。さっさと出してくれ!」
 運転手はムッとした様子だったが、やがてあきらめたようにタクシーは走らせ始めた。
 タクシーは博士の指示で高速道路を使い、研究所から極力離れた。だが、博士の頭の“危険感知器”は一向に止まる気配どころか、さらに警報音のボリュームがアップしてしまう。
 博士は首をひねった。危険とは、その被害を受ける人間と場所が偶然に重なったときに起こるアクシデントのはずだ。今のように、その場所から逃げ出せば、危険も回避できるはずだった。しかし、未だに危険は感知され続けている。一体、どんな危険が迫っているのか。それさえ分かればどうにかできるのにと、博士は歯がゆさと焦燥感に胃がキリキリとした。
「ここでいい。止めてくれ」
 タクシーが自然公園の前に差し掛かったところで、博士は運転手に言った。迷惑料込みで支払い、タクシーから降りる。そのまま自然公園の中へ入った。
 自然公園は緑あふれる広大な場所だった。博士はだだっ広い芝生の真ん中に立つ。ここなら、どんな危険が襲ってこようとも、視界が開けているから対処できるだろう。だが、それでも“危険感知器”は止まらなかった。
 博士は恐怖と同時に、どうすればいいのか途方に暮れた。決して機械の故障などではない。その自信だけはあった。しかし、危険の正体が分からないと、対処のしようもない。
 ふと、ベンチに座って居眠りをしている老人の姿を見つけた。博士は一旦、“危険感知器”のスイッチをオフにし、頭から外すと、居眠りをしている老人の頭に装着してみた。そして、スイッチをオンにする。
 キンコーン キンコーン キンコーン ……
 またしてもけたたましい警報音が鳴り響き、居眠りしていた老人は飛び起きた。博士は老人に詫びながら、“危険感知器”を取り戻す。
 老人は憤慨した様子だったが、博士にとってはそれどころではなかった。博士と同様に、老人にも危険が迫っているという事実。ここから推察できるのは、今まさに、とんでもない危険が迫っているということだった。
 もしかすると、ここへ核ミサイルが飛んでくるのかもしれない。もしかすると、巨大隕石が落下してきて、地球ごと消し飛んでしまうかもしれない。
 逃れられない危機。それが訪れようとしているのだと、博士は考えた。
 博士は、再び頭に“危険感知器”をかぶりながら、これからどうすべきか悩んだ。
 やはり、この危険を多くの人に知らせた方がいいかもしれない。そうすれば、わずかでも生き延びることのできる人がいるかもしれない。博士は決心した。
 しかし、その瞬間、“危険感知器”の警報音がさらにやかましくなった。危険がすぐそこまで迫っているのだ。どうやら、みんなに知らせる時間もなさそうである。博士は悔いたが、半ば運命というものを受け入れる気になっていた。
 博士は静かに目を閉じた。
 次の瞬間、試作品の“危険感知器”は火を吹いて爆発し、博士の頭を吹き飛ばした……。


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