「いっそ陛下には死んでもらおうじゃないか」
一人の若い大臣がそう発言したとき、他の大臣たちは一様に顔を見合わせた。皆、黙り込んでしまう。それでも不謹慎だといさめる者は一人としていなかった。
今まで、王を中心として、これからの国の方針について話し合っていたところだ。だが、彼らの王は傲慢で不遜。とてもじゃないが、大臣たちの意見具申など、一切、耳を貸さない。それどころか、機嫌を損ねれば大臣職を剥奪されるか、最悪の場合には死刑に処されてしまう。独裁も甚だしかった。
自分の意見を言うだけ言うと、王はとっとと退室して行ってしまった。昼寝だという。若い大臣が思い余って不穏当な発言をしたのも無理はなかった。
「しかし──」
隣にいた大臣が腕組みをしながら言った。慎重派で知られる人物だ。
「死んでもらうと言っても、何をどうすると言うのだ? 陛下はあまり城内から出ようとされないお方だ。周りは警護の者ばかり。殺そうと近づこうものなら、すぐに捕まってしまうだろう」
それには他の大臣たちもうなずいた。
そこで若い大臣が提案する。
「こういうのはどうでしょう? 陛下の唯一の楽しみ、それは食事です。世界中から珍しい食べ物を取り寄せては、それを食すのがお好きなお方。そこで、陛下も食べたことのないようなものを用意し、毒を盛っておくのです」
「何と!」
大臣たちの顔が青ざめた。確かに陛下は珍しい食べ物に目がない。
だが、それには慎重派の大臣が異を唱えた。
「陛下には宮廷料理人がおられる。あの陛下が唯一、気に入っている男だ。何と言っても、今までの宮廷料理人たちは、陛下の舌に合わない料理を出して、処刑されておるが、今の宮廷料理人は三年くらいか? よく無事に勤め上げているものだ。そやつの目をかいくぐって、毒を盛ることなど可能なのか?」
他の大臣たちは、もっともだとうなずきながら、若い大臣の次の言葉を待った。
若い大臣はテーブルの上で手を組み、少し猫背の姿勢を取って、声をひそめた。
「確かに、料理では宮廷料理人が調べるでしょう。しかし、食事後のお茶の時間に出すデザートは、宮廷料理人が関与するものではありません。デザートに毒を仕込めばいいのです。そして、毒には遅効性の強力なものを使います。食べてすぐに死んでは、デザートに毒を盛ったのは明らか。それよりも時間をかけることによって、宮廷料理人に罪をなすりつけることもできましょう。そうですな、例えば、昼に食べたら晩餐時に効き目を現すような毒。これなら確実です」
「おお!」
一同は顔をほころばせるようにして見合わせ、やがて笑い声が起きた。
「うむ、美味であったぞ」
「ありがとうございます」
王の昼食が終わり、そばに控えていた宮廷料理人はうやうやしく礼をした。緊張に顔面は蒼白だ。いくら気に入られている宮廷料理人とは言え、どんな些細なミスで王の機嫌を損なうか分からない。王の食事中は、常に緊張の連続であった。
「陛下、本日は西国の珍しいデザートを用意しました」
若い大臣が王に告げた。珍しいデザートと聞いては、食通の王としては黙っていられない。
「珍しいデザートだと? それは楽しみだ」
「中庭の方にお茶の準備をしております」
「分かった。すぐに参ろう」
王は昼食の席を立ち、中庭に向かった。
中庭では、すでに支度が整えられていた。持ち出されたテーブルの上には、お茶のセットと見慣れないケーキが乗っている。蜂の巣のような大きなウエハースはチョコレートでコーティングされており、巣の穴には色とりどりのゼリーやクリームが詰まっている。
「おお、見事な菓子よのう」
「“ラ・ルーシェ”と申します。まずはスプーンで巣穴をほじくりながら食べ、最後は巣全体を崩して召し上がってください」
「うむ」
王はスプーンを手にすると、若い大臣の言うとおりに食べ始めた。“ラ・ルーシェ”が王の口に運ばれると、若い大臣はそれと分からぬようほくそ笑む。
「美味よのう」
舌鼓を討つ王。
「それはよろしゅうございました」
あとは晩餐まで待つだけだと、若い大臣は満足そうに笑みを見せた。
ところが、晩餐の時間になっても、王の様子は何ともなかった。宮廷料理人が作った料理を変わらぬ様子で食している。それを見た大臣たちは、若い大臣に訴えかけるような目を向けた。
「一体、どうなっているのだ?」
「陛下は本当に食べたのだろうな?」
だが、訳が分からぬのは若い大臣も同じだった。
「おかしい。確かに毒を盛ったデザートを全部平らげたはずなのに……」
大胆な若い大臣も、次第に焦り始めていた。
毒の効き目は絶対だ。密かに罪人を実験体にして、効果が表れる分量も時間も計ってある。それに解毒薬も滅多に手に入らぬ猛毒アルラウネの根のはずで……。
若い大臣はハッとした。そして、王の近くに控えている宮廷料理人を見る。
宮廷料理人は昼食のときよりも、さらに緊張しているように見えた。チラチラと王の様子を窺っている。
若い大臣は晩餐の席を中座し、宮廷料理人を裏に引っ張っていった。
「おい、お前。まさか、陛下の料理に何か入れなかっただろうな?」
問いつめられ、宮廷料理人は血の気を失った。目が泳ぎ、唇が震える。
若い大臣はさらに宮廷料理人の身体を揺すった。
「正直に言え。別にお前を罪に問うつもりはない。約束しよう」
そうまで言われ、ようやく宮廷料理人は話す気になったらしい。怯えつつも口を開いた。
「昼食のとき、陛下の料理に毒を入れました……。私は怖い! いつ、これまでの宮廷料理人と同じく陛下の不興を買い、殺されるかと思うと……」
「その毒とは一体?」
「アルラウネの根でございます……」
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