「あー、チクショウ!」
最後の玉がパチンコ台に吸い込まれるのを待たずして、オレはしけたタバコを灰皿にねじ込むと、イスから乱暴に立ち上がった。ちょうど通りかかろうとした他の客と肩がぶつかるが、逆に睨み返して、相手を萎縮させてやる。今のオレは物凄く機嫌が悪かった。
ギャンブル好きなオレは、定職にも就かず、毎日、パチンコや麻雀、競輪、競馬と、あらゆる賭事に手を出して暮らしていた。ときには大勝ちすることもあるが、あぶく銭もすぐに使い切ってしまい、いつも空っ穴という有様だ。しかし、金がなくてもギャンブル好きな性格は直らず、とうとう街金融から借金をしてまで遊ぶ始末だった。
オレが金を借りた街金融は、とにかく高い利子と取り立ての厳しさで有名だった。ならば、そんなところから借りなければいいだろうと言うだろうが、普通の消費者金融よりも多額の金を貸してくれる魅力は捨てきれず、大穴でも当てて、とっとと返済すれば問題ないだろうと思っていたのだ。しかし、それを境に、オレの金運とギャンブル運は低迷を極めた。
返済の期限は明日だ。前回の返済期限も必死に頼み込んで延ばしてもらっているので、今回はさすがに金を作っておかないとマズイだろう。そこで手っ取り早く、なけなしの金をはたいてパチンコで増やそうと思ったのだが、それもすべておじゃんになってしまった。まったく、何が「金は天下の回り物」だ。オレのところには一銭も入ってこねえじゃねえか。
こうなったら、誰か他のヤツに借りるしかない。オレは空になったタバコの箱をポケットの中で握りつぶしながら、最後の一本を口にくわえて外へ出た。
オレの知り合いに金持ちはいない。両親は健在だが、ほとほと放蕩息子に呆れ果て、とっくの昔に絶縁関係だ。となると、あと考えられるのは一カ所しかない。オレは近所にある母方の祖父母の家に向かった。
これでも小さい頃は、じいさんとばあさんに可愛がられた方だ。可愛い孫の頼みなら、何とか聞いてくれるかもしれない。
何年かぶりに祖父母の家を訪ねた。閑静な住宅地にあり、豪邸とまではいかないが、そこそこ大きい一軒家である。マンション暮らしのオレの両親なんかと全然違う。
オレは一縷の望みに賭けながら、呼び鈴を押してみた。しかし、しばらく待っても誰も出てこない。留守か、と思い、引き戸に手をかけると、あっさり開く。もう一度、呼び鈴を押してみたが、中で鳴っている音は聞こえてこなかった。どうやら壊れているらしい。
「じいちゃん、ばあちゃん! オレ! ジョージだけど!」
大声を出してみたが、またもや反応はなかった。しかし、三和土には男物の靴が置いてある。少なくともじいさんはいるらしい。耳が遠いのか。
それでも勝手知ったる他人の家──いや、祖父母の家、オレは玄関から中に入ると、靴を脱いで上がり込んだ。
まず居間へ行ってみたが、誰もいなかった。仕方なく、寝室の方へ行ってみる。
「じいちゃん?」
オレが襖を開けると、案の定、そこにじいさんがいた。だが、いきなりだったせいか、オレを見てギョッとする。そして、広げていた長い巻物のようなものを慌てて丸めた。
「だ、誰だ!?」
じいさんはすっかりオレのことが分からない様子だった。
「オレだよ、オレ。ジョージだよ」
名乗ったオレを見て、ようやくじいさんは自分の孫だと分かったようだった。しかし、完全に狼狽した様子で、丸めた巻物を後ろ手に隠す。
「あっ、じょ、ジョージか! ハハハハハ、すっかり大きくなったんで見違えてしまったよ」
じいさんは取り繕うように言った。冷や汗が出ている。
「一応、呼び鈴鳴らしてみたんだけど、壊れてんじぇねえの? ──それより、それ何?」
オレはじいさんが隠した巻物について尋ねた。するとじいさんは、益々、落ち着きを失う。
「べ、別に何でもないんだよ、古いガラクタさ」
そう言ってじいさんは、こそこそとした動きで、丸めた巻物を後ろの押し入れの中にしまった。その行動が、余計に怪しく見える。
「そ、それより、せっかく来たんだ。茶でも飲むか? 今、ばあさんは病院へ診察に行っていていないんだが」
よっこらせと重そうな体を立ち上がらせ、じいさんは居間の方へ移動し始めた。オレは一緒に行こうとしかけて、その場に留まる。目は押し入れに釘付けになっていた。
襖を開けたとき、チラッと見ただけだったが、巻物には何か文字がびっしりと書かれていた。最近、それと似たような物を見た気がする。
そうだ、テレビでやっていた「金運・やたらと鑑定団」とかいう番組だ。そのテレビ番組は、一般視聴者の家で眠っている骨董品や芸術品をスタジオまで持ち寄ってもらい、プロの鑑定士たちが売却価格を判定するというものだった。その中で、坂本竜馬が姉の乙女宛に書いた手紙というものがあって、確か記憶によれば八百万円ほどの驚く値がついたはずである。
以前から、じいさんの親父さん──つまりオレの曾じいさんが、趣味で骨董を集めていたという話を聞いたことがある。今はそのほとんどを戦災でなくしてしまったり、人手に渡してしまったそうだが、ひょっとするとそのひとつが残っていたのかもしれない。
オレはじいさんが戻ってこないのを確認してから、こっそりと押し入れを開けた。じいさんがしまった巻物を手に取り、そっと広げてみる。中身は達筆すぎる文字の羅列で、オレには何て書いてあるのかさっぱり分からなかったが、とにかく古い物に間違いはなかった。
もし、これがとんでもないお宝だったりしたら、売り払った金で借金を返せるかもしれない。いや、それどころか、一躍、億万長者になれるかも。オレの頭の中の妄想は膨れ上がり、よからぬ考えを起こした。
「おーい、ジョージ。こっちに来て座れ!」
居間の方からじいさんが呼んだ。
「ああ、トイレに行ってからにするよ!」
オレはそう返事を返し、巻物を丸めて、懐に押し込んだ。もちろん、トイレに行くなんてのはウソである。オレはじいさんに気づかれないように、そっと家を抜け出した。
とんだ値打ち物を手にしたオレは、急いで近くの骨董屋へ駆け込んだ。そして、メガネをずらして新聞を読んでいた店主のオヤジに、勢い込んで鑑定を依頼する。
「値打ち物かどうか、調べて欲しいんだ」
「あいよ。どれどれ」
オヤジはオレから巻物を受け取ると、ジッとにらめっこを始めた。メガネをかけたり外したりしながら、文字を追っていく。
どうかお宝であってくれ、とオレは祈った。テレビ番組の八百万円まで行かなくとも、せめてその半分くらいとか……。
オレはオヤジの鑑定結果をじりじりと待った。
そこへ骨董屋の入口が開いた。入ってきたのは、慌てた様子のじいさんだ。オレを見て、顔を真っ赤にさせる。
「ジョージ! やっぱり、それを持ち出したな!」
「じいちゃん、許してくれよ! オレ、すぐにでも金が必要なんだ!」
「バカ者! それはな──」
「ふむ、なるほど」
鑑定し終わったオヤジが、オレたちの言い合いにもまったく動じた様子もなく呟いた。どれほどの金額になるか気になったオレは、じいさんを制しながらオヤジに迫る。
「で、いくらになるんだ?」
「一銭にもなりませんな」
嘆息混じりのオヤジの言葉に、オレは思考が停止した。
「な、何で!? これは誰か有名な人が書いた手紙とかじゃないのか!?」
「確かに手紙ですな。しかし、あなた、お読みになりましたか?」
「いや」
「これは単なる恋文──つまり、ラブレターですよ。最後に書いた人の名前が書いてある。──西村知蔵と」
するとじいさんが凄い勢いで、オヤジから巻物をひったくった。
「まったく、私のこんな若気の至りを持ちだしおって! ばあさんにでも見つかったら、どうするつもりだ!」
オレのじいさん、西村知蔵は恥ずかしさのあまり、ゆでダコのようになりながら、オレに向かって怒鳴った。
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