「先輩、どうしたらいいんですか!?」
中学の頃からお互いを知っている後輩の越智トオルは、先輩の神辺秀作に泣きついた。秀作は、またか、という顔をしたが、かといって冷たくあしらうこともできない。
学年が違うにも関わらず、成績トップクラスで、高校生ながら天才的な発明家でもある秀作と、テレビゲームに熱中するあまり、勉強も出席日数もおろそかになった劣等生のトオルが親しげにしているのは、眺めている周囲からするととても不可解である。この二人には同じ学校という接点しかないはずだ。二人を知る一部の生徒は、まるで“ドラえもん”と“のび太”だ、と揶揄していた。
「またテストのことか?」
図書室で静かに試験勉強をしていたところを邪魔され、ややうんざりした様子で秀作は尋ねた。するとトオルは深くうなずく。
「そうなんですよぉ〜! 今度の期末試験で赤点を採ったら、追試なしで留年決定なんですよぉ!」
さすがに0点ばかりのトオルに対し、教師たちも最後通告を突きつけたのだろう。それでいて、よくウチの高校に入学できたものだと、秀作は感心する。
(そう言えば、ウチの入試はマークシート方式だったっけかな?)
もちろん期末テストは筆記であり、運だけで高得点を取るわけにはいかなかった。
ここで「頑張って勉強しろ」と突き放すのは簡単だが、それで解決しないことも秀作には分かっていた。トオルの頭の悪さは折り紙付きである。ちょっとやそっとの付け焼き刃の勉強で、落第を回避できるわけがなかった。
秀作はおおげさにため息をついて見せた。そして、トオルにもっと顔を近づけるよう促す。
「こうなったら、最後の手段だな」
「最後の手段?」
「ああ。……あまり気は進まないが……もう、カンニングしかないだろう」
優等生の先輩からそんな言葉が出るとは思わなかったトオルは、思い切り驚いた顔になった。
「か、カンニン──!?」
最後の一文字を言う前に、トオルは口を塞がれた。秀作が険しい目線を送る。
「大声を出すな! 誰かに聞かれたらどうするんだ?」
秀作は声をひそめ、辺りを警戒した。図書室に何人かいた生徒がこちらを見咎めるようにしていたが、それはうるさいトオルを非難しただけのようで、カンニングという言葉には気づかなかったらしい。
ホッとした秀作は、ほとんどテーブルの下に潜るようにして、トオルにカンニング計画を囁いた。
試験当日。
トオルは緊張した面持ちで、窓際にある自分の席についた。
これから期末試験である。これでトオルの運命が決まると言っても過言ではなかった。
トオルはずり下がったメガネを直すと、窓の外を眺めた。
その窓からは、高校のグラウンドを経て、向かいにあるマンションが見えた。秀作はそのマンションの一室に住んでいるのである。トオルは秀作の部屋を探した。
あった。五階の左から三番目。目印として、ベランダに大きな模造紙が掲げられていた。
これこそ秀作がトオルのために用意したカンニング・ペーパーであった。もちろん、いくら大きな模造紙に予想される様々な答えが書いてあるといっても、この距離では普通見えない。しかし、秀作が用意したのは、それだけではなかった。
発明家でもある秀作がトオルに貸し与えたのは、超望遠のメガネだった。傍目には普通のメガネにしか思えないのだが、特殊なレンズによって百メートル先の新聞の文字すら読みとることが出来るという優れ物である。これならば、外にあるカンニング・ペーパーを盗み見ることなど容易かった。テレビゲームのやりすぎで極度の近眼になり、普段からメガネを手放せないトオルならば、先生や他の生徒から怪しまれる心配もない。
トオルは答えがちゃんと読めるのを確認して、ようやく安心した。これなら、何とか赤点を免れそうだ。
(先輩、ありがとうございます!)
今頃、自分と同じように期末試験を受けようとしているであろう秀作に、トオルは感謝した。
予鈴が鳴ると、試験官が入ってきて、テスト用紙を裏向きに配った。始業のチャイムが鳴ったら試験開始だ。トオルは余裕を持って、そのときを待った。
試験開始。トオルはテスト用紙をひっくり返し、まずは自分の名前を書こうと思った。
「どうだった、テストは?」
その日の試験が終わり、トオルを見つけた秀作が声をかけた。
ところが、秀作はどんよりと落ち込んでいた。
「お、おい?」
秀作は不安になった。まさか、答えを読みとれなかったのか。
だが、理由は別にあった。
「答えはちゃんと読めたんですが、このメガネじゃ、目の前の問題を読むことができないんです。拡大されすぎちゃって」
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