少年は家の屋根の上に膝を抱えるようにして座り、星空を見上げていた。こうして顔を上に向けていると、自然に涙が堪えられる。夜の肌寒さも手伝い、少年は鼻をすすった。
いつも悲しいことがあったときは、こうやって屋根の上で星を眺めるのが少年の日課だ。少年にとって、毎日の生活は決して楽しいものではない。むしろ、つらいことの方が多かった。
少年は学校でいじめに遭っていた。別に少年が何かをしたというわけではない。ただ、少年が普通と違うのではないか、という些細な理由だけで、クラスメイトたちからずっと無視され続けているのだ。
学校での少年は孤独だ。誰も少年に話しかけようとはしない。近くにいても、まるで最初から存在していないかのように振る舞われる。少年には、それが苦痛だった。まだケンカを吹っかけられる方がいい。そうすれば相手を殴ることで、憂さも晴れるだろうに。
一度、あまりにも頭に来て、無視を続けるクラスメイトを殴ろうとした。しかし、そのクラスメイトは殺されるとでも思ったのか、顔を真っ青にして逃げ出してしまい、余計にみんなから避けられる原因になってしまった。
クラスメイトたちのいじめに関して、少年は誰にも相談できずにいた。担任の先生にも、両親にも。
担任の男性教師は、薄々ながら少年のいじめについて気づいている様子だったが、特にクラスのみんなにも、当事者である少年にも、何も言わなかった。一方、少年も担任に救いを求めたことはない。そんなことをしても何の解決にならないことを充分に分かっているつもりだ。
両親には心配をかけたくなかった。学校のクラスメイトと違い、家族はとても温かい。一人息子である少年をとても愛してくれている。そんな父と母を悲しませるわけにはいかなかった。
それに、少年は密かに二人が本当の両親でないのではと思っていた。両親は長く子供ができなかったらしく、今や老夫婦といってもいいくらいの年齢だ。加えて、少年に対する愛情は並々ならぬものが見られる。それは逆に作り物のように思え、少年は自分が何らかの理由で引き取られた孤児ではないかと、最近、考えるようになっていた。
もちろん、そのことを父と母に問いただしたことはなかった。そんなことをすれば、実の親子であっても、そうでなくても、両親はきっと胸を痛めるだろう。少年は自分にとてもよくしてくれる二人に、そんな思いを味合わせたくなかった。
ストレスばかりで精神衛生上よくない学校生活を回想しているうちに、いつしか少年の心は満天の夜空へと飛翔していた。澄み切った空気のおかげで、星のきらめきがよく映える。それらは少年の傷ついた心を癒してくれるようだった。
地球上には約六十憶人の人間が暮らしているというが、その中で少年の味方になってくれるのは父と母のたった二人だけ。その両親にしたって、いつかは少年よりも早く他界してしまうだろう。そうなってしまったら、この地上には少年の居場所などないような気がする。
少年の本当の居場所は、あの星々のいずこかにあるのではないだろうか。そんなことを夢想する少年は気が遠くなるような孤独感に襲われた。
身を掻き抱くように少年は体を丸めた。一階のダイニングから母の声が聞こえたのは、そのときだ。
「クラーク、夕食の時間よ。降りていらっしゃい」
「分かったよ、母さん」
くよくよ悩んでいても仕方ない。クラーク・ケント少年は涙を拭うと、きっと将来はいいことがあると信じて、まるで紙飛行機が飛ぶようにスーッと、屋根から自分の部屋へと戻った。