RED文庫]  [新・読書感想文


ケンカをやめて


「いいな、史人? どっちが勝っても、恨みっこなしだぞ」
「ああ。オレも男だ、修也。二言はない。勝った方が彼女と──だな?」
 史人と修也は、油断なく睨み合ったまま、再度の確認を行った。
 元々、水と油のように、性格も正反対で、いつも反目しているような二人であった。どちらも異性には人気があるのに、その相性の悪さは学内でも有名である。しかし、ついに殴り合いのケンカにまで発展しようとは。一触即発の険悪なムードに、その場に居合わせたキャンパス内の学生たちは固唾を呑んだ。
「おおおおおおおおっ!」
 先に仕掛けたのは修也だった。まるで闘牛のように史人へ突っ込んでいく。ガタイのいい修也の体当たりを喰らったら、ただではすまないだろう。
 一方、ウエイトでは負ける史人だったが、その反面、身のこなしは軽かった。小学校の頃、近くの道場で空手を習っていたこともある。修也のタックルを楽々とかわした。
 それでも修也はあきらめず、徹底的に史人を捕まえようと躍起になった。体格差を考えれば、当然であるかもしれない。捕まえてしまえば、あとは力でねじ伏せるだけだ。
 史人は闘牛士さながらに、動きで修也を翻弄した。修也が伸ばす手から、次々とするりと逃げる。だが、その実、手をこまねいているようなところも見受けられた。プロレスラーのような体つきをした修也は、やはり軽量級の史人にとって脅威に違いない。
 ところが、力量差は明らかと思われた修也の足が、突如としてもつれた。史人を捉えようとして、急に方向を変えたりしたからだ。修也は勢い余って、無様にも倒れ込んだ。
 その隙を史人は見逃さなかった。できるだけ体重をかけて、修也の上に乗りかかる。うっと、修也は息が詰まったようにうめいた。
 上になった史人はひたすらに殴った。修也の顔面を。容赦なく、一方的に。
「やめて!」
 そのときである。遠巻きに見ている学生たちを押しのけて、一人の女子学生が悲鳴に近い声を出した。ケンカをしている史人と修也を見て、何とも言えぬ悲痛な表情を浮かべる。
「史人! 修也! どうして、こんなことを!?」
 その声を聞いて、馬乗りになったまま、史人は女子学生を振り返った。
「お前は引っ込んでろ、麻理! これはオレとこいつの問題なんだ!」
 と、史人が言えば、修也も、
「そのとおり! どちらがお前と付き合うのか、今日こそ、ハッキリさせておかないとな!」
 と断言した。どうやら、それがケンカの理由らしい。
 麻理は悲しんだ。
「そんな……私のせいでケンカをするなんて……やめて……ねえ、やめてよ!」
 しかし、二人とも麻理のそんな懇願を聞いていなかった。
「こ、このぉーっ!」
 殴られっぱなしだった修也は、右腕を思いきり伸ばし、史人に喉輪をかました。史人の上体が浮きかける。これでは殴ろうにも力が入らない。
「たっ、たぁーっ!」
 修也は渾身の力で、上になっていた史人を倒した。それによって二人の上下は入れ替わり、今度は修也がマウントポジションを取る。こうなっては、史人に逃げようはない。
 修也はこれまでのお返しとばかりに、史人を殴った。修也のパンチは、ガードの上からも重く響く。次第に史人の防御が緩み、顔面をボコボコにした。
「やめて、修也! このままじゃ、史人が死んじゃう!」
 たまらず麻理が止めに入った。身を呈すかのように、史人の上に覆い被さりながら。そこでようやく、修也は拳を振り上げるのをやめた。
「勝負あったな、史人」
 鼻血を手の甲で拭いながら、修也は立ち上がった。ケンカを止めた麻理は泣いている。そして、倒れ込んだままの史人も、負けた屈辱からか、全身を小さく震わせていた。
「ち、ちくしょう……ちくしょう……」
「悪いが、約束は約束だ。いいな?」
 修也は敗北した史人に、いささか同情を禁じ得なかったが、あえて厳然と言い放った。非情かも知れないが、納得ずくの勝負の末だ。史人は血のにじんだ唇を噛みながらうなずいた。
「よし、これで決まりだ。麻理の恋人はオレじゃなくて、お前だからな、史人。──ああ、やっと、このブサイクで暑苦しい、勘違い女と縁が切れるぜ。まったく、長いことつきまとわれて、うんざりしていたんだ。あー、やれやれ」
 その場に史人と麻理を残し、修也は清々した顔つきで去っていった。


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