RED文庫]  [新・読書感想文


◆突発性競作企画第21弾「弾丸」参加作品◆

変   革


「もう、これ以上は我慢できない! こうなったらオレがやる!」
 一人の男がそう息巻いて、立ち上がった。普段はそんなに激昂するタイプではないだけに、周囲の者たちは一様に驚く。だが、想いは誰もが一緒だった。
「大統領を殺ると言うのだな?」
 メンバーの中でも最年長の男が静かに尋ねた。すると立ち上がった男はうなずく。顔に決意がにじみでていた。
「世界に変革をもたらすには、それしか手段がない」
 彼らの国は世界でも名だたる大国であった。しかし、現大統領が就任するや否や、様々な社会問題が噴出し、国民生活は先行き不安なものへと一変してしまったのだ。
 世界的な不況から経済が崩壊し、そこへ追い打ちをかけるようにハリケーンや地震などの大災害が襲った。さらには利益至上主義者の信じられないような食品偽装事件が相次いで発覚し、有害物質による死者まで発生。その他にも燃料費の高騰や保険料の値上げなどが格差社会に辟易している国民の懐を圧迫し、近年、続けられているイタチごっこのようテロ戦争も終わりが見えず、誰もが何の希望も見い出せなかった。
 こうした事態に対し、大統領が行った対策はすべてが後手後手に回った。就任当初こそ圧倒的な与党支持の元、人気も期待もあった大統領であったが、いざ、その政治手腕を振るってみると、あまりにも凡庸なものであったと言わざるを得ない。しかも、大統領からマスコミを通じて発信されるコメントは、どこか他人事のような響きが混じっていて、深刻性も緊急性も感じ取れず、それが余計に国民の不満を増大させていった。
 これが平時であれば、現大統領もここまで糾弾されなかっただろう。彼はリーダーの資質を欠いてはいたが、決して汚職に手を染めるようなことをしなかったからだ。
 今やこの無責任な大統領の支持率は一桁にまで落ち込もうとしていた。国民たちは野党への政権交代を望んだが、任期はまだ三年も残っている。これ以上、この苦しみがまだ続くのかと思うと、国民たちは頭を抱えるしかないのであった。
 しかし、中には、ただ黙って見過ごせない者たちもいた。大統領の打倒を望む者たちだ。彼らは、普段の日常生活においては目立たない一般市民の一人一人に過ぎないが、夜にはこうして集まり、この国の行く末を憂いている。
「明日だ。明日の党大会に大統領が現れる。そこがチャンスだ」
 大統領の暗殺を決意した男は、自分の計画を具体的に語った。メンバーたちはうなずきながら聞き入る。男が語り終えると、彼をよく知る友人が、一人、反対に立った。
「お前、本当にそれでいいのか? 確かに、それなら成功する可能性もあるだろう。でもな、お前は、昨年、結婚して、子供だって生まれたばかりだろ。やっと家庭を持ったお前が、愛する家族を悲しい目に遭わせると言うのか?」
 友人の言葉に、男の決意は揺らぎそうになった。しかし、それも一瞬。口元は真一文字に引き締められた。
「友よ、オレと家族のことを案じてくれてありがとう。でも、誰かがやらなきゃならないんだ。このままの政治が続いたら、この国はもっと疲弊し、きっと取り返しがつかないことになるだろう。オレは生まれてきた子に、希望のある未来を残してやりたいんだ。それが親としての務めだと思っている。ただ、それだけのことさ」
 男の決心の堅さに、その友人はそれ以上、引き留めることはできないと思った。
「分かった。そこまで言うのなら、あとのことはオレに任せろ。カミさんと赤ん坊のことは面倒みてやる」
「すまん。頼む」
 男は友人に深々と頭を下げた。
「よし、それでは決まりだな。決行は明日。皆もしっかりとやってくれ。すべてはこの国によりよき変革をもたらすために」
 年長者の男がそう言うと、メンバーはそれぞれ散っていった。



 党大会の当日、会場周辺は物々しい警備態勢が敷かれていた。
大統領が出席するとのことで、各地から抗議団体が集い、会場を取り巻くようにして退任を強く要求したデモ行進をしている。それを報道するマスコミの数も凄まじかった。混乱は党大会の開始時刻が近づくにつれ、大きくなっていく。
「大統領、お時間です」
「うむ」
 控室で待っていた大統領が秘書官に呼ばれ、ソファから立ち上がった。そして、姿見で自らの身だしなみを確認する。大統領はそれに満足したのか、遅滞ない足取りでステージへ向かった。
 その途中、ワアッと大きな喚声が外から聞こえてきた。このとき、男の仲間たちが騒ぎを起こして、会場周辺を警備している警官隊と衝突したのだ。
 大統領はわずかに足を止め、その喚声に首を傾けるような仕種をしたが、すぐにまた歩き出した。
 国民からの支持率は低いというのに、党大会は盛況だった。会場からあふれんばかりの党員、支持者がスタンディング・オベーションをしている。大統領が登場すると、さらに熱狂的な歓声があがった。
 大統領はそれに手を挙げて応える素振りも見せず、淡々と演壇に向かった。それでも拍手と歓声は鳴りやまない。大統領がそれを制すように右手をささやかにあげると、ようやく鎮まる気配を見せた。
 そのとき――
 不慮の事態に備えて、ステージ下に配置されていた警察官の一人が、おもむろに後ろ――つまり、大統領が立つ演壇の方を振り返った。しかも、手にはホルスターから抜いた拳銃を握って。
「この国によりよき変革を!」
 その警察官こそ、大統領暗殺を決意した男だった。会場周辺で騒ぎを起こし、警備の目を外へ向けているうちに、本職の警察官である男が大統領を撃つ――それが計画だ。
 いつもは他人事な大統領も、さすがにこのときばかりは目を見開いた。男を止めようと、隣にいた警官が飛びかかってくる。舞台袖のシークレット・サービスも動いた。だが、時すでに遅し。
 会場に一発の銃声が鳴り響いた。



 ――大統領、暗殺される。
 この衝撃的なニュースは全世界に発信され、これで歴史的な政権交代が行われるものと誰もが思った。ところが――
 党大会の当日に、実は大統領が辞任の決意を固めていたことが周辺の関係各位から語られると、一転して悲劇の人として報じられ、国民より哀悼を捧げられることとなった。すると、いつの間にか在任期間中の無能な職務の日々が、大統領として煩悶し続けた美談へと変わり、真贋の定かでない告白本も数々が出版され、この悲劇の主人公を誰もがこぞって祭り上げていった。
 それにより支持率が低下の一途をたどっていた与党が息を吹き返し、この余勢をかって大統領選挙も野党候補者を圧倒。結党以来、最高の支持率を獲得し、大躍進を遂げた。
 誰がこのようなことを想像し得ただろうか。殺人の罪で拘置所に送られた男は、自分のしたことが裏目に出てしまい、絶句したに違いない。
 しかし、確かに変革は起きた。
 ジリ貧だった与党の大幅な支持率アップという皮肉な形で。


<END>


 突発性競作企画第21弾「弾丸」


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