RED文庫]  [新・読書感想文


◆「覆面作家企画3“冬”」参加作品◆

虹のリドル


 きのうの雨があがって、とてもよく晴れた日よう日。ひばりちゃんはおかあさんとピクニックへ行く約束をしていました。
 場所は、ひばりちゃんのおウチから川をわたり、森をぬけて、丘をこえたところにある、大きな大きな湖のほとりです。そこには、よくきれいな虹があらわれると、おかあさんは教えてくれました。それを聞いたひばりちゃんは、すぐにでも見に行きたくなりました。そして、今度の日よう日にいっしょに行こうと、おかあさんと約束したのです。
 ところが、おかあさんは朝から具合がわるくて、とても起きられそうにありませんでした。ベッドに寝たまま、ゴホン、ゴホンと苦しそうにしています。きっと、かぜです。ひばりちゃんは、おかあさんのおでこを手でさわってみました。
「おかあさん、すごい熱だよ」
 これでは起きることなんてできません。もちろん、ピクニックへだって行けません。ひばりちゃんはガッカリしました。
 そんなひばりちゃんの顔を見て、おかあさんはとてもつらそうでした。
「ごめんね、ひばりちゃん。ピクニックへ行けなくて」
「しょうがないよ。おかあさん、病気なんだもん」
「ほんとうにゴメンね。おかあさん、あの湖の虹をひばりちゃんに見せてあげたかったのに」
 おかあさんは本当に残念そうでした。
 ひばりちゃんはタオルを水でぬらしてくると、それをおかあさんの頭の上に置きました。これでちょっとでも熱が下がってくれればと、ひばりちゃんは神様にお願いします。
 ひばりちゃんは窓の外を見ました。すると、そこには見たこともない大きな虹が。ちょうどピクニックへ行くはずだった湖がある方角でした。
「おかあさん、虹よ! 虹が出ているよ! とてもきれいな虹が!」
 でも、ベッドに寝ているおかあさんからは、窓の外の虹を見ることはできませんでした。
「そう。きのう、雨だったから、それで虹が出ているのね」
 おかあさんが言いました。ひばりちゃんは、なんとかおかあさんに虹を見せたいと思いました。
「そうだ。おかあさん、あたしがあの虹を取ってきてあげる」
 ひばりちゃんはおかあさんに言いました。すると、おかあさんはビックリした顔。
「ムリよ、ひばりちゃん。湖はここから遠いのよ。ひとりじゃ行けないわ」
「だいじょうぶ。必ず、あの虹を持って帰ってきて、おかあさんに見せてあげるから」
 ひばりちゃんはおかあさんが止めようとするのも聞かず、外へと飛びだしました。空には、まだハッキリと虹が見えています。どんなに遠くたって平気です。あの虹をめざしていけばいいのですから。
 ひばりちゃんは川の橋をわたり、虹がある湖へむかいました。頭の中は、病気で寝ているおかあさんに、取ってきてあげた虹を見せてあげることでいっぱいです。そのとき、おかあさんは、どんなにうれしい顔をするでしょう。
 やがて、森が見えてきました。ひばりちゃんはまだ、ひとりで森の中に入ったことがありません。森にはとても怖いオオカミがいるので、まだ小さなひばりちゃんは必ずおとなの人といっしょでなければいけないからです。でも、きょうはおかあさんのため、ひばりちゃんは勇気を出して森の中へ入りました。
 森の中は夜でもないのに、とても暗いところでした。森の木々がひばりちゃんの頭の上をおおい、おひさまの光をさえぎっているからです。ひばりちゃんは急にこわくなりました。
 それでもひばりちゃんは進みつづけました。まっすぐに、湖へむかって。
 ところが、ひばりちゃんはそのうち、自分がどこへ向かっているのかわからなくなりました。目印の虹をさがそうとしても、森の中では見えません。それに森の中には、ちゃんとした道がないので、さっきから同じところをグルグル回っているような気がしてきます。ひばりちゃんは森の中で迷子になり、泣きたくなりました。
 そのとき、ひばりちゃんのうしろのほうで、バサバサという音が聞こえました。ひょっとしたら、オオカミがひばりちゃんを見つけたのでしょうか。ひばりちゃんはビックリして、うしろをふりかえりました。
「やあ。おどろかせちゃったかな」
 ひばりちゃんのうしろにいたのは、オオカミではありませんでした。メガネをかけたような顔のフクロウです。ひばりちゃんの顔を見て、ホーホーと鳴きました。
「こんな森の中に、ひとりでどうしたんだい? 道に迷っちゃったのかな?」
 フクロウはすっかりおびえたひばりちゃんを見て、心配そうに言いました。
「湖へ行きたいの。フクロウさん、どっちへ行けばいいか知ってる?」
 ひばりちゃんはたずねました。するとフクロウはうなずくかわりに、大きな目をつむります。
「もちろんだよ。ほら、あっちにエンピツの先みたいにとがった岩が見えるだろ?」
「うん、見えるわ」
「あそこまで行ったら、左のほうへ行くんだ。木の枝がトンネルのようになっているところをぬけると、森から出られるよ」
「ありがとう、フクロウさん」
 ひばりちゃんは親切なフクロウにお礼を言うと、ふたたび湖をめざして歩きはじめました。
 フクロウが教えてくれたとおりに進むと、ひばりちゃんは森をぬけることができました。ここまでくれば、湖はもうすぐのはずです。きれいな虹がひばりちゃんの来るのを待っているかのように、キラキラとかがやいていました。
 森から湖までは、もう一本道です。なだらかな丘にそって、道はつづいていました。ところが、どこまでのぼっても、いちばん上になかなかたどりつけません。そのうち、ひばりちゃんは歩きつかれてしまいました。
 ひばりちゃんはひとやすみしようかと思いました。もう足は棒きれのようで、体はクタクタです。でも、虹はいつ消えてしまうかわかりません。もし、湖へ行く前に消えてしまったら、おかあさんのところへ虹を持って帰れなくなってしまいます。
 ひばりちゃんはつかれていましたが、休まずに丘をのぼりつづけました。すると、ずっととおくに見えた丘のてっぺんが近づいてきた気がします。ひばりちゃんは、よーしと、さらに元気をだして歩きました。
 とうとう、ひばりちゃんは丘のてっぺんにたどりつきました。丘の上に吹く風が汗をかいたひばりちゃんの体をやさしくなでていきます。とても気持ちがいい風です。そこからは、大きく、きれいな湖を見下ろすことができました。虹は湖のまんなかあたりから空へのびているようでした。ついに、ひばりちゃんは、おかあさんが話してくれた虹のある湖まできたのです。
 ひばりちゃんはうれしくなって、一気に丘をかけおりました。さっきまでつかれていたのがウソのよう。体がとても軽く感じられました。あっという間に、ひばりちゃんは湖のほとりへとたどりつきました。
 湖には大きな鳥のつばさをもった、真っ白なウマがいました。ペガサスです。ひばりちゃんは、おかあさんから聞いたことはありましたが、本物のペガサスを見るのははじめてでした。
 そのとき、ひばりちゃんは考えました。ペガサスの背中に乗せてもらって、虹のところまでつれていってもらえないかと。そうすれば、虹を取ってくることができるはずです。ひばりちゃんはおもいきって、ペガサスにお願いをしてみました。
「こんにちは、ペガサスさん。もしよかったら、あなたの背中に、あたしを乗せてくれませんか?」
「こんにちは、人間のお嬢さん。どうして、ぼくの背中に乗りたいんだい?」
 ペガサスはひばりちゃんにたずねました。ひばりちゃんは湖の虹を指さしました。
「あそこに見える、虹のところまでつれていってほしいの。お願いします」
「あの虹のところまでか」
 ペガサスはすこし考えているようでした。
「よし。じゃあ、もしもきみが、ぼくがこれから言うことをちゃんとできたら、この背中に乗せてあげようじゃないか」
 と、ペガサスは言いました。
「本当ですか? やります! あたし、ペガサスさんが言ったとおりにやります!」
 ひばりちゃんは約束しました。するとペガサスもうなずきました。
「よし、約束だ。それじゃあ、これからぼくが言うことをちゃんと聞くんだよ」
「はい」
 ひばりちゃんはペガサスの次の言葉を待ちました。
 ペガサスは虹をふりかえって言いました。
「きみがあの虹をつかまえたところをぼくに見せてくれ」
「ええーっ!?」
 ひばりちゃんはビックリしました。ムリもありません。ひばりちゃんは虹をつかまえたくて、ペガサスの背中に乗りたいとお願いしたのですから。それなのにペガサスは、その前に虹をつかまえてくれというのです。
 ひばりちゃんは困ってしまいました。ひばりちゃんは飛ぶことはもちろん、泳ぐこともできません。ひばりちゃんは、ペガサスにたずねました。
「あたしひとりで、あの虹をつかまえるんですか?」
「そうだよ。それまで、ぼくはきみの願いをかなえてあげることはできない」
 ペガサスが出したなぞかけに、ひばりちゃんはだまってしまいました。いったい、どうしたらいいのでしょう。こうして考えているあいだにも、虹は消えてしまうかもしれません。
 でも、あせればあせるほど、ひばりちゃんの頭の中はゴチャゴチャしました。長い棒のようなものをのばしてみるとか、イカダを作ってみるとか、いろんな方法を考えてみますが、どれもうまくいきそうにありません。とうとう、ひばりちゃんはしゃがみこんでしまいました。
 するとペガサスがやさしく言いました。
「そんなに悩まないで。ほら、このきれいな景色を楽しみながら、考えてごらん」
 そう言われて、ひばりちゃんは顔をあげました。そこから見えたのは、七色の美しい虹と、大きくてきれいな湖です。おウチで寝ているおかあさんにも見せてあげたかった景色でした。
「そうか!」
 そのとき、ひばりちゃんは思いつきました。虹をつかまえる方法を。
 ひばりちゃんは湖にかけよりました。そして、両手で湖の水をすくいあげます。水はとても冷たかったですが、ひばりちゃんはそれをこぼさないよう気をつけながら、ペガサスのところへ行きました。
「はい。虹をつかまえました」
 ひばりちゃんの手の中に、虹が映っていました。それはまるで、鏡のような大きな湖が逆さまになった虹を映しだしているのと同じです。
 それをのぞきこんだペガサスは、うんうんと深くうなずきました。
「たしかに、きみはその手の中に虹をつかまえることができたね。おめでとう」
 ひばりちゃんはペガサスのなぞかけを、見事に解くことができました。ペガサスにほめられて、ひばりちゃんはうれしくなりました。
 そのときです。湖にあった虹が、だんだんと消えていきました。もう虹が消える時間がきたようです。ひばりちゃんとペガサスは、ただそれを見あげていました。
 ひばりちゃんは虹がなくなってしまうことに、もうさびしさはありませんでした。それよりもひばりちゃんが見つけた虹をつかまえる方法を早くおかあさんに教えてあげたいと思いました。そして、今度、虹が出たときにやってみせようと思いました。
 すっかりと虹が消えてから、ペガサスが言いました。
「よし、約束どおり、ぼくの背中に乗っていいよ。おウチまで送っていってあげよう」
「ありがとう、ペガサスさん」
 ペガサスはひばりちゃんを乗せると、空高く舞いあがりました。ペガサスの翼がはばたくと、あの大きかったはずの湖も、のぼるのにヘトヘトになった丘も、怖くて泣きそうになった森も、ぐんぐん小さくなっていきます。そして、おかあさんが待っているひばりちゃんのおウチが見えてきました。
 ひばりちゃんは帰ってきました。送ってくれたペガサスにお礼を言うと、ひばりちゃんはドアを開け、そして、元気な声で、
「おかあさん、ただいまー!」
 と言いました。


<おしまい>


 覆面作家企画3“冬”


※ 本書は「覆面作家企画3“冬”」にて掲載されたものに加筆・訂正をしました。 (2009.7.5)


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