死んだ祖父の家に到着してみると、あまりの惨状に僕は愕然とした。家の敷地という敷地を親戚縁者一同がこぞって掘り返しているという、一般の人から見たら気でも狂ったのかと疑いたくなるような光景だ。こんなところを誰かに見つかったら、徳乃川一族の名は地に墜ちるだろう。
「どうだ、あったか!?」
「いや、ない! 骨董品の欠片ひとつ見つからん!」
「くそぉ、あのクソジジイ、どこに隠しやがった!?」
「まったく、俺たちに遺産を分け与えたくないからって、こんなことをしやがって!」
「昔から、あのジジイは偏屈なんだよ!」
「おまけに変人だ! 何が徳乃川グループの創始者だ! やっとくたばってくれて、せいせいしたってのに!」
出るわ、出るわ、罵詈雑言のオンパレード。故人に対して、ひどい言い草である。もっとも、その気持ちは分からなくもない。僕も、その偏屈ジジイ――徳乃川家康の孫の一人だからだ。
一週間ほど前、祖父の徳乃川家康が死んだ。享年九十四歳。すでに日本で冠たる徳乃川グループの会長職を退いていたとはいえ、その影響力と発言力は死ぬ直前まで絶大であった。グループの後継者たるその子供たち――すなわち、僕の父親や、その兄弟姉妹たちだが――にとっては目の上のたんこぶのようなもので、早く自分たちでグループを動かしたかったに違いない。だから、祖父が死んだとき涙を流した者は、僕を含めて血縁者の中に誰一人いなかった。
それよりも関心が高かったのは、祖父の遺産だ。何しろ、総資産七兆円とも囁かれている規模である。ほとんどが税金に持って行かれるにしても、その分け前には充分な魅力があった。しかし――
一族を「ムダ飯食らい」と嫌っていた祖父は、素直に相続をしようなどとは思っていなかった。おそらく日本一と自慢できる葬儀が行われた後、顧問弁護士から公開された遺言状の内容を聞いて、僕らはどよめいたものだ。
曰く――
「財産の半分は世界中の恵まれない子供たちに寄付する。残りの半分は、すでに金塊に換えてあり、最初に見つけた者にのみ相続を認める」
という、いかにも祖父が言い残しそうなものだった。
これに色めき立ったのは、もちろん一族の全員で、躍起になって探し始めた。しかも、これにはヒントが残されていて、
「ウチの庭をずっと掘り進んで行ったら見つけられるかもしれない」
と書いてあったのだ。つまり、金塊はどこかに埋められたということだ。
会長職から降りた祖父は、何を思ったのか、その後、沖縄に移り住んでいた。戦地で死んだ戦友を弔いながら余生を過ごしたいとの希望だったらしいが、とにかく庭といえば、その沖縄にある家のはず。そこでこうして欲に目のくらんだ一族たちがドッと押し寄せ、所構わずあちこちを掘り返していた、というようなわけであった。
ご多分に洩れず、僕も金塊目当てにやって来たわけだが、どうやら完全に出遅れてしまったらしい。見たところ、あらかた掘り尽くされていて、中には家の畳をひっぺがし、そこにスコップを突き刺している輩までいた。
ところが、これだけ全員が血眼になって探しているというのに、肝心の金塊はついぞ見つからず終いだった。あの者は、
「あのジジイに一杯食わされたんだ! あんなヒント、でたらめだったんだよ! いや、金塊を埋めたかどうかすら怪しいもんだぜ!」
と疑い出し、それに同調する者も出始めた。やがて次々とスコップをほっぽり出し、この場を去っていく。
僕は爆弾でも投下されたような穴だらけになった土地を眺めながら、どうやらここに金塊はなさそうだと思った。あれば、とっくに見つかっているはずだからだ。
でも、どうしてあんなヒントを残していたのだろう。誰かの言うように、本当にでたらめだったのだろうか。
「『ウチの庭をずっと掘り進んで行ったら見つけられるかもしれない』か……」
掘り進む。ずっと、ずっと……。
そのとき、僕は天啓を得たような気がした。
四日後、僕はブラジルにいた。サンパウロから車を走らせ、南西に八〇〇キロほど。そこは民家など何もない郊外だった。
「この辺か?」
僕はGPSの緯度と経度を確認し、車を停めた。そして、用意してきたスコップを手に、正確な位置へと移動する。緯度経度測定器なんていう便利なツールがあるから出来ることだ。
「ここだ」
そこには、心なしか土が盛られたような跡があった。多分、最近のものだ。僕は、その跡にスコップを突き立てた。
意外とそんなに深く掘ることもなく、スコップの先が何かに当たった。周りの土をどけていくと、埋められたジュラルミン・ケースが出てくる。僕はそれを穴から引き上げようとしたが、腰が抜けそうになるくらい重かった。
ジュラルミン・ケースの蓋を開けると、中にはぎっしりと金塊が詰められていた。やっぱり、ここだったか。死期を悟った祖父は、このブラジルの地に遺産を埋めていたのだ。僕は尻餅をつくような格好で座ると、ブラジルの青空を仰いだ。
どうして僕がここへ来たのか。それはやはり、あのヒントを読み解いたからだ。
ここは沖縄にある祖父の家から、ちょうど反対側――すなわち地球の裏側である。祖父の庭をずっと真っ直ぐに掘り進んで行ったら、ここへ辿り着くことになるわけだ。もちろん、そんなことは現実的に無理なことだと承知しているが、お宝の隠し場所のヒントとしては、なかなか洒落ているではないか。
さて、これからどうしようか。このまま、この金塊を持って日本に帰ったら、一族の連中が黙っていないだろうし。ならばいっそのこと、のんびりとバカンスへ出かけようか。なーに、とにかくこれから一生、金に困る心配だけはないのだから。