RED文庫]  [新・読書感想文


あの頃は何もなかった


「ねえ、おじいちゃん」
「なんだい、遥斗」
「ボクねえ、欲しいものがあるんだ」
「また、オモチャの話か。遥斗は買ってやっても、すぐに飽きちゃうだろう」
「そんなことないよ。ボクねえ、ヘリコプターが欲しいの」
「ヘリコプター?」
「うん、ヘリコプターのラジコン。公園で飛ばしているお兄さんがいて、カッコよかったんだぁ」
「遥斗は、すぐに他人のものを欲しがるんだから。――まったく、理央さんにも困ったものだ。いくら一人息子だからと言っても、少し甘やかし過ぎではないかな」
「ねえ、買ってよ、おじいちゃん。ヘリコプターのラジコン、欲しいよぉ」
「やれやれ、また遥斗のおねだりが始まった」
「買って、買って。買ってよぉ」
「ダメだ、ダメだ。この前だって、ママにラジコンを買ってもらっていたじゃないか」
「あれは車だもん。飛ばないよぉ。今度はヘリコプターがいいの!」
「まったく、言い出したら聞かないのは、お前の父さんが小さい頃とそっくりだな」
 駄々をこねる孫に、祖父は深いため息を漏らした。こういうところさえなければ、目の中に入れても痛くない可愛い孫なのだが。
「ちょっと待っていなさい」
 祖父は孫にそう言うと、億劫そうに腰を上げた。孫はお小遣いをくれるのかと、目を輝かせて祖父を待つ。しかし、しばらくして戻って来た祖父を見て、孫はガッカリした。
「何それ?」
 祖父は財布の代わりに、小刀と竹の切れ端を持ってきた。孫の隣へ座ると、老眼鏡をかけて、小刀で竹を削り始める。
「いいか、遥斗。昔、おじいちゃんが子供の頃は、とてもとても貧しくて、欲しいものがあっても買うことなんて出来なかったんだよ」
 こんな話をしても、どこまで素直に孫が聞いてくれるかどうか。祖父は半ば諦め気味に語って聞かせながら、小刀を持つ手を動かした。
「だからな、おじいちゃんは欲しいものがあったときは、いろいろと工夫をしたものだ」
「くふう?」
「そう。無いものは自分で作ったんだよ。割り箸と輪ゴムでピストルを作ったり、竹ひごに障子紙、それと糸を使って凧にしてみたり。お店で売っているオモチャは高くて買えなかったから、そういう工夫をして遊んだんだ」
 話しているうちに、祖父の手の中のものは完成していた。竹トンボだ。
「ほーら、出来たぞ。どれどれ、久しぶりに作ったから、うまく飛ぶかな? それ!」
 祖父が竹トンボをねじり合わせるようにして空中に放ると、それは勢い良く回転しながら見事に飛んだ。こんな素朴なオモチャなど見たこともない孫は、高く舞った竹トンボに魅せられた様子だった。
「すごーい、飛んだ、飛んだぁ!」
「はっはっはっ! さあ、遥斗もやってごらん。作り方は、今度、教えてあげよう」
 竹トンボを夢中になって飛ばす孫を見ながら、祖父は何度もうなずいた。いくら時代が変わっても、子供の無邪気さは昔と同じだ。
「無ければ、作ればいい。そうやって戦後の日本は立ちあがったのだから」
「失礼します」
 そこへスーツ姿の女性が襖を開けて入って来た。礼儀正しく挨拶する。
「教祖様、そろそろお時間でございます」
「うむ」
 世界を破滅から救うという新興宗教の教祖である祖父は、自ら作り上げた神の教えを説くために、信者たちが待つ礼拝堂へ向かった。


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