RED文庫]  [新・読書感想文


彼女に花を捧ぐ


「プレゼント?」
 登校の途中、勇気を持って話しかけた僕の顔を見返して、ちょっぴり目を大きくした同級生の彼女――菊地優子は、相変わらず“超”がつくほど可愛かった。この天真爛漫な笑顔にコロリとやられる男子は少なくない。もちろん、僕も顔の辺りがカッと熱くなるのを感じていた。
「う、うん、菊地さん、もうすぐ誕生日でしょう? 何をプレゼントしたらいいかなって。何しろ、どんなプレゼントをしたら女の子が喜ぶのか、僕、分からなくて」
 自分でもアガっているのは、重々、承知なのだが、どうにも妙なイントネーションになってしまう。それがおかしいのか、優子はクスッと笑った。
「そんな気を使わなくていいのに」
「で、でもさ、年に一回の誕生日なんだし。それに、菊地さんにはバレンタイン・デーのチョコをもらったでしょ。何かお返ししないとって、ずっと思っていて」
 バレンタインのチョコレートなんて、クラスの男子みんなが彼女からもらっていたのは知っている。紛うことなき、百パーセントの義理チョコ。だが、そのとき、女の子と縁遠い僕たちが、涙を流さんばかりに、どれほど喜んだか、菊地優子という彼女を知らぬ人間には分かるまい。
 彼女はどこかの令嬢というわけではないのだが、何となく浮世離れした雰囲気を持つ美少女だった。上品で、気立てもよく、誰にでも分け隔てなく接してくれる。たまにズレた会話をするところもあるが、その程度はご愛嬌。僕から言わせてもらえれば、彼女に魅力を感じない男なんて、この世に一人もいないだろう。
 その反面、同性からは敵視されるようなところがあった。人気のある彼女へのやっかみだ。しかも、優子自身は妬まれているという自覚がこれっぽっちもなく、またそこが反感を煽る結果になっているのも事実だが。
 とにかく、そんな優子の気を惹くべく、僕は清水の舞台から飛び降りたつもりで、果敢に彼女へアタックした。来週は彼女の十七歳になる誕生日が控えている。ぜひとも彼女が喜んでくれる品をプレゼントしたかった。
「ねえ、菊地さんのもらってうれしいものって何なの?」
 僕は拝み倒すようにして、優子に尋ねた。優子はほっぺに人差し指を当てて、小首を傾げる。
「そうだなぁ。例えばぁ、ドラマや映画なんかで、女の人が部屋に戻って来ると、それまでなかったはずのたくさんの花が出迎えてくれるシーンってあるでしょ」
「うん、あるねえ」
「ああいうのが素敵だなって思うわ。別に部屋いっぱいの赤い薔薇でなくても、きれいなお花が届けられていたら、やっぱり、女の子は嬉しくなると思うけど」
「なるほど、花か」
 何か高価なアクセサリーの類だったらどうしようかと思ったけれど、花だったら、多少は奮発して贈ることができるかもしれない。でも、結構、生花って値が張るんだよなあ。さすがに優子の部屋いっぱいとは行かないだろうけど。
 今度の誕生日には花束を贈ることにした僕は、スキップでも踏みそうな気分で、優子と一緒に教室の中へ入った。すると、こちらへ向けられる敵意に満ちた視線がちらほら。
 男子生徒の視線は、僕に向けられていた。当然、優子と一緒に登校するという抜け駆けを敢行したからだ。だけど、僕はこんなことで優子を諦めたりはしない。するもんか。
 そして、女子生徒の視線は、僕の隣にいる優子に突き刺さっていた。こちらは朝っぱらから見せつけてくれるわね、といったところだろうか。とにかく、彼女たちは優子のすること為すこと、すべてが気に入らないのだ。
 しかし、いくらそのような冷たい態度を取られても、優子は平然と――いや、それどころか、にこやかさを崩すことはなかった。なぜならば、彼女が誰かを嫌うということが決してないように、誰かが彼女を嫌うということはない、と信じ切っているからだ。それは彼女が持つ美徳のひとつであったし、他の人間には容易に理解しがたいものであった。
 今も、優子は「おはよう」とクラスメイトのみんなに挨拶をして、自分の席に着こうとしていた。が、そのとき。優子が珍しく驚いたような声をあげた。
「見て、大野君。あれ」
 僕も驚いた。優子の机の上に、一輪挿しの花瓶が置かれていたからだ。
「きれい……誰がプレゼントしてくれたのかしら? ちょっと色合いが地味だけど、とっても素敵なお花だわ」
 飾られた花を見て、とても感激している優子に、僕はそれが女子生徒の誰かが嫌がらせとして飾った亡くなった者への献花だとは言い出せなかった。


<END>


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