「おい、岡山」
「あっ、串田さん」
「お前、昨日の飲み会の金、払ってないだろ?」
「えっ、本当ですか?」
「なんだよ、憶えてないのか?」
「昨日はかなり酔っぱらったみたいで……」
「しょうがねえな。営業の宇江原たちと割り勘にしたから、四千円よこせ」
「分かりました。四千円ですね」
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ、と。確かに。――それにしても岡山、昨日の勘定も忘れて、ちゃんと家に帰れたのかよ?」
「ええ。朝起きたら家の布団の中でしたよ」
「そうか。酔っぱらっていても、帰り道は憶えているんだなぁ。帰巣本能ってヤツか。とにかく記憶をなくしちまうような飲み方には気をつけろよ」
「はい。以後、気をつけます。どうも、立て替えてもらって、すみませんでした」
「おう。……ホントに岡山のヤツ、憶えていないんだなぁ」
「おい、串田。今の見たぞ」
「さ、酒井先輩」
「何が、飲み会の勘定を払ってないぞ、だ。岡山はちゃんと払っていたじゃないか」
「いいんですよ、先輩。あいつ、そんなに酒に強くないもんで、飲むと記憶がなくなっちゃうんですから。昔から、ちょくちょく自分が飲み代を払ったかどうか忘れているんです」
「だからって、それをいいことに二度も払わせるとは、ちっとばかり悪どくないか?」
「まあ、これも人生における授業料ってことで」
「よく言うよ。――しかし、岡山が酔っぱらったら記憶をなくすって話、本当だったんだな」
「ええ。まあ、そのおかげで、あいつは庶務課の大原理重子と結婚することになったんですから」
「当人は理重子ちゃんと飲んだ後の記憶がなくて、起きたらベッドで一緒に寝てたって話だろ? その結果、できちゃった婚になったって。式は来月だそうだな」
「元々、岡山は大原理恵子のことが好きでしたからねえ。なかなか交際を申し込めなかったみたいですけど、これで晴れて結婚なんですから、めでたしめでたし、じゃないですか」
「何だ、お前、ニヤニヤして。――そう言えば一時期、噂でお前と彼女が付き合っているって聞いたことが……」
「ちょっと、先輩! どこからそんな噂を仕入れてきたんですか!?」
「まさか理重子ちゃんの相手って、岡山じゃなくて……」
「だから、妙なことを口走らないでくださいってば! 第一、彼女自身が、岡山を相手だと認めているんだし。いくら酔った上での行為でも、岡山も男らしく責任を取らないと。そうでしょう?」
「それが事実ならば、な。串田、念のために訊いておくが、よもや理重子ちゃんのお腹の子の父親は、お前じゃないだろうな?」
「勘弁してくださいよ、先輩! 僕はただ、二人を結び付けてやった愛のキューピットなんですから。ホントですよ、ホント! こんな話、絶対に妻の耳には入れないでくださいよね!」