僕は、よく優柔不断だと言われる。
ファミレスとかに行くと、なかなかメニューを決められないし、好きな女の子に思い切って告白することも出来ない。そのような決断の迫られるときがくると、どうしても悪い結果を思い浮かべてしまうからだ。選んだ料理がまずかったらどうしようとか、告白して断られたら立ち直れそうもないとか。
そんな僕に、周囲の人たちはイライラするのか、よくこんなことを言ってくれる。
「結果よりも行動だ」と。
そんなことを言われて、誰がうなずけるだろう。結果よりも行動? どう考えたって、いい結果が出た方がいいに決まっているのに。だから、あれこれと悩むんじゃないか。
でも、今の僕は確かに困っている。しよう、と思っていることが、なかなかできない。もしも、ここで誰かが僕の背中を押してくれたら。そんなことを思わずにいられない状況だった。
今回ばかりは、僕の優柔不断さがすべての元凶だったとしか思えない。あのとき、あまり気乗りしない話を断ってさえいれば、こんなことには――
バイト先で知り合った木田という男は、以前、とある警備会社に勤めていたそうだ。木田によれば、その警備会社には多額の現金が集められ、夜間、金庫の中で保管されるのだという。木田はその大金を強奪しようと企んでいて、その仲間に僕を引き入れようとしたのだ。
いくら僕だって、犯罪がいけないことだと知っている。でも、そのとき、断っていたら、僕はどうなっていただろう。木田は外見からして粗暴で、自己中心的な考えの持ち主だ。悪事を持ちかけた相手に拒否されて、黙っているはずがない。殴られるなどの暴力は簡単に予想できる。最悪なのは口封じされることだ。そんなことを考えると、僕は木田に従わずにはいられなかった。
犯行当日、僕の役割は見張りという、比較的、簡単な仕事だった。にもかかわらず、緊張から何度もトイレに行ってしまったほどだ。
そのうち、木田が忍び込んだはずの金庫室が騒がしいことに気づいた。
心配になって行ってみると、ちょうど木田が夜勤の警備員の一人を刺殺したところだった。
僕は頭の中が真っ白になった。だって、無理もないだろう。人が殺されるところに出くわすなんて、普通の人間ではお目にかかれない経験だ。
茫然としている僕に、木田は凶器のナイフを押しつけてきた。血みどろの刃物。僕は、わあっ、とそいつを捨てた。
相棒の警備員が通報したのだろうか。すぐにパトカーのサイレンが聞こえた。
僕らは金も盗らずに逃げた。いつの間にか木田はどこかへ姿を消しており、僕は必死に逃げ回る羽目になった。手にはべっとりと血の跡が。そのとき、僕は気づいた。トイレに行っていたせいで、手袋をしていなかったことに。
公園で血を洗い流しながら、現場の凶器に僕の指紋がしっかりと残っていることを悟り、胃の中のものをすべて吐き出したい気持ちになった。まんまと木田にハメられたのだ。警察は僕が殺人を犯したと見るだろう。きっと弁解したって、明確な証拠となる品がある以上、僕の言葉など聞き入れてなどくれまい。
それから僕は、どこをどうやって逃げ回ったのか記憶にない。いつの間にか、今いる場所に立っていた。僕はどうなるのだろう。やっぱり、警察に捕まって、刑務所に送られてしまうのか。
僕はどうしたらいいのだろう? 僕には何もかもが最悪に思えた。誰か、こんな僕の背中を押してくれたら。そうすれば、僕は楽になれるだろう。
突然、びっくりして飛びあがりそうな大きな警笛が聞こえた。次の瞬間、猛スピードで特急の通過電車が目の前を横切っていく。警笛が鳴らされたのは、僕があまりにもホームの端に立ち過ぎていたせいだろう。
僕は無意識に死を望んでいたのだろうか。あの電車の前に身を投げ出していれば、確実に死ねただろうに。
でも、僕に自殺なんてできそうもなかった。優柔不断な僕には。
だから、誰かに背中を押して欲しかったんだ。ほんのちょっとの力でいいから。通過電車が来るタイミングで。
また、新たなアナウンスが入り、通過電車が来ることを教えてくれた。僕は相変わらず駅のホームのギリギリに立つ。
誰かが僕の背中を押してくれることを願いながら。