RED文庫]  [新・読書感想文


僕の隠し事


「ねえ、ヒロシ。私に隠し事してない?」
「隠し事?」
 ファミレスのテーブル席で真向かいに座ったユイから唐突に言われた僕は、何のことか分からず、戸惑いを覚えた。
 ユイと付き合い始めてから半年。自分で言うのも変だけど、僕らはずっとうまくやってきた。今までにケンカひとつしたことがない。それなのに今日のユイは明らかに不機嫌な様子だった。僕には彼女が怒るような心当たりはない。そもそも隠し事とはどういうことだろうか。
 僕が自問自答していると、ユイはこのままでは埒が明かないと思ったのか、やがて意を決した。
「ナオコがね――会ったことあるわよね、友達のナオコ――彼女がね、一昨日の夜、このお店にいるヒロシを見かけたんだって」
「えっ!?」
「そのとき、ヒロシ、キレイな女の人と一緒だったって聞いたんだけど」
「………」
 僕は急に声が出なくなった。喉に何かがつかえたような感じだ。店内は空調が効いて快適なはずなのに、じわっと額に汗が滲む。
(見られた……!)
 そのとき、僕はどう言い逃れようかと、頭の中をフル回転させた。ユイにバレてはマズい。何とかうまいウソを考えないと。
 そんな僕の顔をユイはジッと見つめてきた。僕が動揺しているかどうか、見極めようとしているのだろう。残念ながら、僕はポーカーフェイスに自信がなかった。
「やっぱり一緒だったんだ……」
 ユイは落胆したようだった。ナオコの話が本当だったことに。
 僕は何とか誤魔化さなければと思った。
「あ、あれは姉ちゃんだよ!」
「お姉さん!?」
「そ、そそ。久しぶりにおごってやるから、一緒に食事をしないかって誘われて……」
 ユイはまじまじと僕を見つめた。本当は兄貴とふたり兄弟の僕は、懸命に目を逸らさぬようにする。一瞬でも逸らしたら、僕のつたないウソがバレてしまいそうだった。
 ユイは疑いを拭えないまま黙り込んでいた。やっぱり、こんな見え透いたウソでは逆効果だったか。僕はどうしたら彼女を信じさせられるか考えた。
 思案の末、僕はポケットから携帯電話を取り出すと、一枚の画像を呼び出した。一昨日、ここで撮影した写真だ。
「ほら、これが姉ちゃんだよ。僕に似ているだろう?」
 僕はイチかバチかの賭けに出た。ユイは僕から携帯電話を受け取ると、写真と僕を見比べ始める。たっぷり一分は眺めていただろうか。どうかユイが、僕と写真の画像を似ていると判断してくれますように――
 やがてユイは、ふふっ、と笑った。
「本当だ、ヒロシそっくり! へえ、ヒロシも女装したら、案外、美人でイケそうじゃない!?」
 僕は携帯電話を返してもらいながら、引きつった笑みを浮かべた。
「あはははっ、冗談はやめてよ! 僕が女装したって似合わないよ!」
 僕は謙遜した。でも、ユイの言う通りかもしれない。
 なんたって、あの写真の主はニューハーフになった僕の兄貴なのだから。


<END>


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