それは満月の夜だった。
終電から降りた畑山は、人影もまばらな駅前でため息をついた。
畑山が住むアパートは、駅からバスに乗って十五分。当然、こんな遅い時間なので、バスの最終便も終わっている。タクシーという手もあったが、深夜の割増料金を考えると、乗る気になれなかった。
いい酔い覚ましだ、と自分に言い聞かせ、畑山は家路を辿り始めた。
さっきまで、渋谷で女子大生との合コンに参加していた畑山は、久しぶりにかなりのアルコールを口にしていた。足元も、多少、ふらついている。こんな調子では、アパートまでたっぷり一時間はかかりそうだ。
それにしても、と畑山は今夜の合コンを思い出す。これはと思う女の子をくどいたのだが、結局、相手は誘いに乗ってこなかった。うまく行っていれば、今頃、ホテルか彼女の部屋にでも泊まって、楽しい想いが出来たのに。畑山は悔やんでも悔やみきれなかった。
最近、ツイていないことが多いな、とか考えながら歩いていると、畑山はアスファルトの地面に落ちているマフラーを見つけた。
誰かの落し物だろうか。何の変哲もないベージュのマフラーだ。この真冬に、マフラーを落として気がつかないものかと首をひねりながら、その場を通り過ぎる。
それから、さらに二十メートルくらい歩くと、今度は女物のコートが落ちていた。これには、さすがの畑山もおかしいと思い、足を止める。何か身元を示すものがないか、ポケットを探ってみたが、何も出てこなかった。
コートを持ちながら、これを交番に届けたものか考えて歩くうち、さらに脱ぎ捨てられたセーターを見つけた。
「おいおい、これは……」
畑山はこれらの持ち主が何某かの犯罪に巻き込まれたのではないかと危惧した。その想像に、酔いも吹っ飛ぶ。
自然と畑山の足取りは早まった。セーターの次はブラウス。そして、スカートだ。畑山は下着姿の女性がどこかに倒れていたり、連れ込まれていたりしないか、注意深く周囲を警戒しながら跡を辿った。
ところが、とうとうブラジャーまでが落ちていた。かなりカップが大きい。巨乳だ。
さらに行くと、最後の一枚となるショーツがあった。ということは、女性は一糸まとわぬ全裸ということになる。
こんな状況にもかかわらず、畑山は全裸の美女を想像して、鼻の下が伸びた。落ちていた着衣から、美人かどうかなんて分かるはずがないのだが、畑山の頭の中では、なぜか今夜の合コンで落とし損ねた女子大生になっている。
緊張と興奮に心臓をドキドキさせながら、畑山は進んだ。女性が誰かに暴行されていたらどうしよう。自分が助けに入れるだろうか。自慢ではないが、腕っ節に自信はない。
あるいは、女性が畑山のように酔っ払っていて、自ら脱ぎ捨てていったというシチュエーションだって考えられる。それを介抱するシーンを思い浮かべ、畑山の顔はやに下がった。
ショーツが落ちていた先には、公園があった。この辺は変質者や痴漢が多いと聞く。不埒なことを企んだ輩が、女性を連れ込むには打ってつけの場所だ。畑山は用心しつつ、公園の中に足を踏み入れた。
深夜ということもあり、公園には誰もいなかった。常夜灯が寒々しく園内を照らしている。
「どなたか、いらっしゃいますか?」
畑山は声をかけてみた。我ながらマヌケな行為だと思う。しかし、それしか方法を思いつかなかった。
ところが、それに呼応するかのように、目の前の茂みがガサガサッと音を立てた。風はない。誰かがいる。
ゴクッと生唾を飲み込んでから、畑山は茂みの中を覗いた。そこにいたのは──
ギラッと輝くふたつの眼と、鋭い牙が。
「ひっ!」
逃げようとしたときは、もう遅い。
「見たわね」
メスの人狼は人間の言葉を発すると、不運な畑山の喉笛に喰らいついた。