タカシは昔からテレビなどから影響を受けやすい男だと思っていた。ところが、今回ばかりはさすがの俺も半ば呆れ、半ば笑うしかなかった。
「ケイ、エス、ケイ？」
「そう、ＫＳＫ。知ってるだろ？」
「ＫＳＫって、あれか？　テレビでやってる……」
　俺は某バンドのボーカルがよく使う、ＤＡＩ語というやつを思い出した。文章のセンテンスを短く区切り、アルファベットの頭文字で表現する独特な手法だ。俺もふざけて使ったことがある。特に「ＫＳＫ」は美人女優へのプロポーズの言葉――「結婚してください」――として使われたことで有名になった。あの結婚報道から、結構、経つが――
　先日、タカシは交際中のヒロミちゃんに、その「ＫＳＫ」でプロポーズをしたのだと言う。
「マジかよ……」
　ヒロミちゃんというのは、このところ、ちょくちょくタカシの話の中に出てくる女の子だ。同じ職場で、何度かデートもしているそうだが、俺は会ったことがない。ケータイの写真を見せろと迫っても、いつもタカシは照れながら拒否するので、どれだけ可愛いのかも分からない。まあ、こいつがこれだけ惚れているのだから、相当なものなんだろうけど。現在、彼女がいない俺としては、妬ましい以外の何ものでもない。
　それにしてもＤＡＩ語でプロポーズとは、バカなのか、こいつは。影響されるにも程がある。
「プロポーズって一世一代のことだろ？　だから本番はきっと緊張すると思って。ＫＳＫなら短くて簡単だと思ったんだ」
　タカシはそのときの緊張を思い出したのか、居酒屋の生ビールで口を湿らせた。俺は、やってらんない、というポーズ代わりに、つまみの枝豆を口に放り込み、皮を器に投げつける。チクショウ、そんな報告するために俺を呼び出したのか。こいつは俺と同じで、女に縁がないと思ってたのに。
「そんなんで、ちゃんとヒロミちゃんに通じたのかよ？　『結婚してください』って」
　俺の言葉にはやっかみを含んだトゲがあった。
「通じたよ、ちゃんと」
　タカシは柄にもなくはにかんだ。その顔を見て、俺は益々、不機嫌になった。自分でも素直に祝福してやれない、つくづく友達甲斐のないやつだと思う。
「で？」
「えっ？」
「それで、どうしたんだよ？　彼女の返事は？」
　聞いて欲しいんだろ、俺に。はいはい、乾杯のひとつくらいはしてやるよ。
「それが……『ＯＫ』って……」
「そりゃ、おめでとさん。じゃあ、タカシとヒロミちゃんの未来を祝して――」
　俺はジョッキを持って立ち上がった。半ばヤケクソ気味に。
　するとタカシは、慌てて否定するように手を振った。
「ち、違うんだ！　ＯＫってのは結婚の承諾の意味じゃなくて、プロポーズに対するＤＡＩ語の返事で……」
「は？」
「彼女曰く、『おととい来やがれ！』ってことらしい……」
　プロポーズを断られ、しゅんとなったタカシを見下ろしながら、今夜はとことんこいつと飲んでやろうと思った。

＜ＥＮＤ＞