RED文庫]  [新・読書感想文


ライオンが逃げたZOO


「ライオンが逃げました!」
 事務所へ駈け込んで来た動物園スタッフは、ゼェゼェと息を切らし、疲れたような顔で上司に報告した。多分、ここへ来るまでの間に相当捜したのだろう。
「な、何だって……? 本当か……!?」
 まさかの事態にデスクに座っていた上司は腰を浮かせた。スタッフの男は神妙な顔でうなずく。
「最近、様子がおかしかったので、気をつけてはいたのですが……」
「ここへ来て三ヶ月くらいだったか? ひょっとして、この環境に馴染めなかったのかなぁ……?」
「かもしれません。朝食を差し入れた後、急にいなくなってしまって……今、スタッフ総出で捜索中です」
「まさか、動物園の外に出てしまったんじゃないだろうな……?」
「各出入口にいる警備員からの話では見かけていないとのことなので、まだ園内にいるとは思いますが……」
「もうすぐ開園時間だぞ? 大丈夫なのか?」
「ええ、それなんですが……少し時間を遅らせられないでしょうか?」
「うむむ……いや、しかし……」
「三十分だけ! 三十分以内に必ず捕まえますから!」
 動物園スタッフは必死に頼み込んだ。苦渋の選択を迫られた上司は難しい顔をする。
「だからといって、必ず連れ戻せるかどうか保証はないだろう? ここは、やはり中止の判断をすべきでは……」
「待ってください! 今日は近隣の園児を招待しているんです! もう入場ゲートの前で待っているんですよ! この日を楽しみにしていたあの子たちを裏切るなんて! それにマスコミの取材も入るんですよね? それも断るつもりですか!?」
「しかし、ライオンが逃げてしまった以上、どうしようも……」
「ですから、必ず連れ戻します! 今日は絶対に――」
 上司への説得を続けていると、ポケットの携帯電話が鳴った。捜索中の飼育員からだ。
「もしもし? ……えっ、見つかった!? ……うん、うん……分かった、南エリアだな? すぐにオレもそっちへ行かくから、絶対に見失うなよ!」
 通話を切ると、動物園スタッフは改めて上司に直談判した。
「とにかく開園時間をもう少しだけ遅らせてください! ライオンは必ず連れ戻しますから!」
 そう言うと、動物園スタッフは上司の返事も聞かず、事務所の外へ飛び出した。
 南エリアは事務所からだと比較的近い。スタッフは自転車に跨った。
「ライオンは何処だ!?」
 自転車で駆け付けたスタッフは、南エリアでゴミ箱の陰に隠れるように身を屈めていた仲間の飼育員に勢い込んで尋ねた。
「あそこです!」
 飼育員は指差した。水浴び用の大きな池があるカバ園の近くだ。確かに、逃げたライオンがベンチの側にいる。やけに痩せて見え、しょんぼりとした様子は、およそライオンらしくない。
「よし、オレは右から行くから、キミは左を頼む! 挟み撃ちにするぞ!」
「分かりました」
 なるべくライオンに気づかれないよう体勢を低くし、足音にも気をつけながら、二人はカバ園をぐるっと回る形で挟み撃ちにした。
 ライオンが飼育員たちに気づいたのは、あと数メートルという距離まで近づいたときだ。
「さあ、逃げるのもここまでだ! お前には戻ってもらうぞ! 何たって、今日はマスコミの取材があるし、子供たちも楽しみに待っているんだからな!」
 動物園スタッフは逃がさないよう、両手を横に広げながらライオンにジリジリと迫った。
 すると、ライオンは弱々しく首を振った。
「イヤだ……オレは、もう……!」
 ライオンは弱音を吐いた。すぐに逃げようとするが、後ろからも飼育員が近づいていることに気づき、足を止める。
 その一瞬の隙を見逃さず、動物園スタッフは背後からライオンに飛びかかった。全身全霊でライオンを押し倒す。
「何を言っているんだ!? お前がいなきゃ、今日の『ライオン脱走訓練』が実施できないだろうが!」
「だ、だって……この着ぐるみ、中はクソ暑いし、染みついた汗の臭いが強烈なんだもん! 息も出来ないじゃないかっ! こんなのを着ながら園内を走って逃げ回るだなんて無理に決まってるっ!」
 ライオンの着ぐるみを着た新人スタッフは、頭の被り物を脱ぎ捨てながら泣き言を並べた。


<END>



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