RED文庫]  [新・読書感想文



白球に誓って


『絶対に夏の甲子園で再会しようぜ』
 それが大輔と交わした約束だった。
「東京から転校してきた、大尼田大輔(おおにた だいすけ)です。よろしくお願いします」
 大輔との出会いは小学校三年のとき、夏休みが明けた二学期の初日だった。俺が通っていた兵庫の小学校へ転校してきたのが、そもそものきっかけである。
「ねえ。大尼田くんはサッカーと野球、どっちが好き?」
「それはもちろん野球だよ」
「ホントに!? 俺も野球が好きなんだ!」
 俺たちは野球という共通の趣味で、瞬く間に親しくなった。会って三日もしないうちに無二の親友になったと言ってもいい。それまで俺の周りにはサッカー好きな連中が多く、同年代のキャッチボール相手を見つけるのさえ困難だったから、俺はやっと仲間を得られ、嬉しかったのを覚えている。
 ただし、俺はタイガースファンであり、東京出身の大輔はジャイアンツファン。両チームが対戦するときはいがみ合ったこともしばしばだ。
 こうして俺たちは互いに切磋琢磨しながら、野球に没頭して行った。地元の少年野球チームでも一緒だったし、中学でも野球部のチームメイトとして県ベスト8まで勝ち進んだこともある。いずれ高校へ進学したら甲子園へ行こう、と夢を掲げるようになった。
 ところが中学三年の冬――
「悪い……親父の仕事の都合で東京に戻ることになったんだ」
 青天の霹靂とはこのことだろう。大輔から打ち明けられたとき、俺はショックだった。二人で甲子園の土を踏むシーンを勝手に思い描いていたため、何だか大輔に裏切られた気になったのだ。
 だけど、大輔だって考えに考えた末の結論だったはずだ。こっちに残って甲子園出場を目指すことだって出来ただろうし。それでも東京へ帰る決断をしたのは、大輔なりの理由があったからに違いない。
「分かった……じゃあ、次に会うときはチームメイトとしてではなく、対戦相手としてだな」
「………」
「俺は兵庫の強豪校に入って甲子園を目指す。お前も地区予選を勝ち抜いて、必ず全国の舞台に上がって来い。絶対に夏の甲子園で再会しようぜ!」
「……ああ、分かった。約束だ」
 こうして俺たちは中学卒業と同時に別々の道を歩むことになった。
 それから二年間、俺は大輔との約束を果たすため、県内屈指の強豪野球部に入部し、連日、猛練習に明け暮れた。
 俺は心から野球を愛しているが、お世辞にも選手としての才能に恵まれているわけではない。150キロを超える速球も投げられないし、ポンポンとホームランを量産することも無理だ。それでもレギュラーになるため――いや、補欠としてベンチ入りするだけでもいいから、何とか監督に選んでもらえるよう必死に喰らいついていった。
 そして、とうとう迎えた三年の夏――
「遂に、この日が来たか」
 全国高等学校野球選手権大会の開会式当日を迎えた俺は、これまでの人生で一番の緊張を覚えながら甲子園球場へ向かった。
 大輔の高校が西東京大会で優勝したのは、すでにネットニュースで知っている。エースで五番バッター、場面によっては外野に回ることもあるらしい。立派なレギュラーであるのはもちろん、チームのキャプテンだという。昔の大輔を知る俺からしたら、今の姿に驚きはない。
 それに引き換え、俺は――
 大輔との再会を前に心臓をドキドキさせながら、俺は念願であった甲子園のグラウンドに立った。タイガース戦の観戦に来て、内外野の観客席から眺めたことはあるが、選手たちがプレーするフィールドから見る景色は、また一味違う。あまりにも感激し過ぎて涙が溢れ出しそうになった。
 そして始まった開会式――
「選手の入場です」
 この日のために選ばれた進行役の女子生徒がアナウンスした。この後、もう一人の男子生徒と交互に入場する出場校の都道府県と校名を紹介していくのだ。
 各校のチームがプラカードを持った女子生徒の先導で入場行進を開始する。自分も開会式に参加できるだなんて、何とも感慨深い。
 やがて、その瞬間は訪れた。
 いよいよ西東京代表の番が近づいてきた。プラカードを持った女子生徒に続き、チームを率いるキャプテンの顔が誇らしげに輝いているではないか。大輔だ。二年以上も会っていないが、すぐに分かった。
(俺との約束を守ってくれたんだな。ありがとう)
 指先までピシッと伸ばした腕を振り、腿を高く上げた堂々たる行進。晴れがましい大輔の姿を見つめながら、俺は心の中で感謝した。初めて出会った小学生の頃から今までのことが、まるで走馬灯のように思い出される。良かった。本当に感無量だ。
 チラッと大輔が俺の方に気づいたのが分かった。感傷も吹き飛ぶくらい、一気に恥ずかしさが込み上げる。でも、俺は顔を伏せたりせず、目の前のスタンドマイクにありったけの思いをぶつけた。
「西東京代表、××高校!」
 野球部のレギュラー入りはとうとう叶わなかったが、放送部として全国高校放送コンテスト・アナウンス部門で見事に優勝した俺は、この開幕セレモニーの進行役の一人として選ばれ、親友の校名を高らかに場内アナウンスする栄誉を賜った。


<END>


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