祖父が亡くなって四十九日の法要を終えた。享年八十九歳。多分、幸せな一生を送れたんじゃないだろうか、と僕は思っている。
亡くなる一週間前までは元気でピンピンしていた。久しぶりに遊びに行くと、傘寿を迎える半年先の誕生日には、孫やひ孫たちを全員呼び寄せて盛大に祝おうか、と話していたくらいだ。
「そうだ。最近、不要なものは捨てようと蔵の中を整理したんだ。貴康、何か欲しいものがあったら持って行っていいぞ」
「ホント? でも、どうせガラクタばかりじゃないの?」
祖父には骨董品の収集癖があった。父によれば、大半の品は古いというだけで、大して値打ちはないらしい。なぜ、そんなものばかりを集めるのか理解に苦しむ、と父はよく愚痴をこぼしていた。
それでも中には掘り出し物があるかもしれない。経済的に裕福でもない僕は「お宝があればめっけもの」くらいの気持ちで、案内されるまま祖父の蔵の中へ行ってみた。
「この中にある物ならどれでも、お前が選んだヤツを譲ってやろう。ただし、他の孫たちにもくれてやりたいから、どれかひとつに決めてくれ」
まさか、このときは形見分けみたいになるなんて想像だにしてなかった。
蔵の中に入ったのは孫である僕でさえ初めてだったが、想像通り、様々な物が収蔵されていた。大きな壺や木彫りの仏像、クラシックな置き時計、箱に収納された大皿などなど。
中でも数が多いのは絵画だろう。ほとんどは油紙に包まれていて、どんな絵なのか分からなかったが、大小合わせると百点近くはあるのではないだろうか。
僕はその中からひとつの額縁を引っ張り出してみた。これだけ油紙に包まれていなかったからだ。
やけに古めかしく厳つい意匠の額縁は埃を被っており、中身は田園風景の中にポツリと建つ水車小屋を描いた油絵だった。高尚な芸術品の価値なんて僕にはさっぱりだが、素人の目でも名匠の作とは思えぬ、拙い筆使いの風景画に見える。
やれやれ、どうやら本当に大した骨董品はないらしい。
すると突然、祖父が感心したように、「ほぉ」と唸った。
「それを手に取るとは……なかなか目ざといな、貴康」
「え?」
「それはオークションにでもかければ、一千万円の価値があるだろう」
「は? これが?」
僕は目をパチクリさせた。目利きでもない僕には、祖父の言う評価が正しいかどうか判断できない。そもそも祖父に立派な鑑定眼があるのかも疑わしい。
ちゃんとした鑑定人に見てもらうのが一番だろうが、僕にそんな伝手などあるわけがなかった。こういうときはスマホで検索だ。
最初は近場の古美術商にでも持ち込もうかと思ったが、スマホの検索に面白いアプリがあるのを見つけた。
その名も『美術品鑑定アプリ――“真贋”』。
僕は早速ダウンロードし、素人が描いたとしか思えない祖父の収蔵品を画像に撮り込んだ。十秒も待たないうちに評価額が表示される。
「一、十、百、千、万……うっそ!? 一千二百万円ンンンっ!?」
まさかの金額に僕はたまげた。
祖父はニヤリと自慢げに笑っていた。
「そいつは私のコレクションの中で、最も高価な品かも知れないな。さあ、どうする? それにするか?」
一も二もなく、僕はガクガクと首を縦に振っていた。
「う、うん! これにする! ありがとう、爺ちゃん!」
六人いる孫の中でも、僕は祖父に可愛がってもらった方だと思うが、これほどの超高額プレゼントは他になった。
「くれぐれも他の親族には内緒にしておけよ。私がお前を贔屓したように思われるからな」
そう口止めしていた祖父の納骨を終え、独り暮らしのアパートに帰った僕は、押し入れに入れていた水車小屋の絵画を引っ張り出した。額縁は汚いし、絵からも何ら訴えかけてくるものが感じられないのに、これが一千万円以上の価値を持っているとは。眺めているだけで頬が緩んでしまう。
無事に祖父の四十九日の法要も終えたし、そろそろ、この絵を売却しても構わないだろう。大金が手に入れば、この狭いアパートともおさらば出来る。
僕はスマホで絵画を撮影し、ネットオークションに出品した。アプリの評価額は一千二百万円だったが、一千万円くらいで落札されても構わない。一刻も早く困窮した生活から抜け出したかった。
「さあ、どれだけ値が上がるかな?」
期待に胸を高鳴らせながら、僕はオークションの行方を見守った。
最初のうち、値段は思うように上がらなかった。千円からスタートし、二千円、三千円と時間をかけながら上昇。このままだと大した金額に到達しないまま時間切れを迎えてしまいそうだ。僕は焦った。
ところが受付終了の六時間前、いきなりの高額入札があった。ようやく一万円を超えたという段階だったのが、一気に『百万円』の入札がかかったのだ。どうやら絵画の本当の価値を見抜いた人がこのオークションに気づいてくれたらしい。
すると、そこからは百万単位での競り合いが始まった。変化していく金額に、僕は興奮を抑えきれなくなる。もっと高値になれ、とひたすら念じた。
そして、入札終了時点では――
「やった……! 一千二百万円!」
まさにアプリと同評価の金額で絵画は落札された。
一週間後、僕のスマホに通知が来た。
落札者へ届いた出品物がオークションの画像と異なっていたため、取引の中止を勧告するという内容だった。
「は?」
僕は愕然とした。絵画は確かに発送したはずなのに。ネットオークションの利用は初めての経験だったが、どんな手落ちがあったのかまったく理解できない。
何が問題だったのか、僕はネットオークションの運営と落札者に問い合わせた。
『ですから、あの絵自体に価値なんてないんですよ。こちらが欲しかったのは、あの額縁なんです』
落札者から直接の連絡をもらい、事実を知らされた僕は言葉を失った。
あの額縁には歴史のある古美術的な高い価値があったそうだ。アプリが鑑定したのは絵画ではなく、まさか汚い額縁の方だったとは。
そうとは知らない僕は、粗末な額縁のまま送るのを申し訳なく思い、わざわざ小綺麗な額縁を買って、取り替えたのだ。
『で、額縁は? 額縁は今どこに?』
「そ、それは……」
僕は頭から血の気が引くのを感じ、卒倒しそうになっていた。
あの額縁を三日前の粗大ごみに出したのを後悔して。
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