RED文庫]  [新・読書感想文


【最新作】


大統領の頭の中


「おいっ! 大統領が意識を取り戻されたようだぞ!」
 ぼんやりとした視界の中で大統領秘書官が大声を上げていた。誰かが知らせに走る慌ただしい足音も聞こえる。
「こ……ここは……?」
 今いるのが自分の寝室と違うことに目覚めたばかりの大統領は戸惑った。思考も鈍い気がする。
「ここは病院です。閣下は演説中に襲撃されて、一発の銃弾を頭部に受けました。執刀医によると、あと数ミリずれていれば助からなかったとのことです」
「そうだったのか……襲われたときの記憶がまったくないのだが……私を殺そうとしたのは一体誰だ?」
 秘書官は捜査機関から提出された報告書を読み上げた。
 すでに犯人は射殺されてしまったそうだが、どうやら某テロリスト集団に所属する元兵士だという調査結果が出ていた。但し、そのテロ組織から犯行声明は出されておらず、現在も不気味な沈黙を守っている。
 報告を聞いた大統領は怒りが込み上げてきたらしかった。顔を真っ赤にして、歯を剥き出しにする。
「おのれ……大統領暗殺を企てるとは……我が国を敵に回したこと、絶対に後悔させてやる!」
 言うまでもなくドクターストップがかけられたが、大統領はそれを振り切ると、誰もが驚嘆するスピードで職務に復帰を果たした。退院の際には、集まった報道陣に向かって拳を突き上げ、まるで不死身であるかのようにアピールして。
 この奇跡の生還は、大統領を案じていた国民たちによって熱狂的に迎え入れられた。それは支持率という形で顕著に表れ、就任直後にも見られなかった数値にまで急上昇。高まる世論も追い風となり、大統領はテロ組織の壊滅を軍に命じた。
 報復は苛烈を極めた。国の内外を問わず敵のアジトを特定すれば、ミサイル攻撃を敢行。痛烈な打撃を加えられたテロリストは死傷者数が日に日に増加し、やがて一方的な殺戮へと化していった。
 これに反発したのがテロ組織を援助していると目されるZ国だった。テロ組織の壊滅という名目で自国にまでミサイルを撃ち込まれ、無関係な民間人にまで被害が及んだからだ。
 そもそも問題のテロ組織が大統領暗殺を企てたのか疑わしい、とZ国は陰謀論を唱えた。
 これに自分こそが正義だと強弁する大統領が黙っていられようはずがない。Z国の最高指導部を卑怯者と誹り、SNSを通じて全世界へ向けた口撃をエスカレートさせていくようになる。
 かくして関係を悪化させた両国は泥沼の戦争状態に突入した。
「ええい! いつまで戦闘を続けるつもりだ? 国力も戦力も我が国が圧倒しているというのに、どうしてこうも手こずる!?」
 開戦から一ヶ月、いつまでも終わりの見えない戦況に大統領は怒りの拳を机に叩きつけた。同席していた秘書官や補佐官たちが顔色を失う。
 作戦はどれも成功しているが、成果はあまり感じられない。あれだけ支持していた国民の熱も冷めつつあった。
「Z国は明らかに戦闘を長引かせ、こちらが和平交渉を持ちかけるのを待っているのでしょう」
「テロを擁護する国などと誰が交渉などするものか! 奴らはこちらを甘く見ているのだ! 何としてでも思い知らせてやらねば!」
「し、しかし、このままでは我が軍も無傷というわけには参りませんし、戦費もかさむ一方です」
「なら、核攻撃を仕掛けて、一気に片をつければいいではないか!」
 頭に血を昇らせた大統領はとうとう禁断の領域に足を踏み入れようとしているようだった。その場にいた全員が凍りつく。
 誰も口にはしなかったが、ここまで攻撃性を剥き出しにする大統領の姿は異常に映った。是が非でもテロリストを絶滅させるつもりのようだ。ひょっとして頭を撃たれた拍子に気でも触れてしまったのか。
「お、お待ちください、閣下! さすがに核ミサイルを用いれば、同盟各国からも非難されるでしょう!」
「何が同盟各国だ! 連中は黙って傍観しているだけで、協力を仰いでも重い腰を上げようともしないではないか! 同盟国など名ばかりの関係だ!」
「で、ですが、我が国自体が存亡の危機というわけではない以上、核の使用は……何卒、決断を早まりませんように!」
「ぬうううっ……」
 一度は核攻撃を断念した大統領だったが、膠着状態のまま、さらにもう一ヶ月が経過すると――
「もう我慢ならん! 今すぐ核ミサイルを撃ち込んでやる! ここへ核ボタンを持って来い!」
 元々、過激な発言と自国第一主義の思想を持つ大統領は補佐官の一人に命じた。大統領執務室にいた一同が青ざめた顔を見合わせる。
 大統領の前に黒いアタッシュケースが置かれた。認証コードを入力し、中にあるボタンが押されれば、核攻撃の承認が下りたことになる。
「……か、閣下、本当によろしいのですか? このボタンを押せば、あなたご自身の破滅に繋がるかもしれませんよ」
 秘書官は緊張に声を上擦らせつつ大統領に忠告した。
 確かに第二次世界大戦以降、核兵器を戦争に用いた国はない。だが、いざ核保有国のいずれかが使用すれば、それまで暗黙のルールで守られていた世界の不安定な拮抗は崩れ去り、核兵器を行使するハードルが下がる恐れがあった。
 全世界が焦土に――そんな三文SF小説に出て来るような悲惨な光景が大統領の頭を一瞬だけ過った。
 そこへ大統領のスマホに通知が届いた。娘からだ。
 中身は若手政治家に嫁いで母親になった娘が代わりに送ったのだろう、今度七歳になる孫娘からのメッセージだった。
『来週は私の誕生日だから絶対パーティーに来てね。プレゼント楽しみにしてる』
 可愛らしいメッセージに、ふと大統領の表情が和らいだ。過密なスケジュールの中、目に入れても痛くない孫娘の大切な誕生日会のことをすっかり失念していた自分が情けなくなって自嘲する。
「……そうだな。核兵器は使わないでおこう」
「か、閣下……」
「大人のエゴで子供たちの未来まで奪うわけにはいかないからな」
 大統領の言葉を聞いた秘書官は決して大袈裟ではない様子でホッと胸を撫で下ろした。これで悲惨な結末を迎えなくて済む、と安堵して。
「停戦協議をしたい。先方に交渉のテーブルに着くよう持ちかけてくれ」
「畏まりました」
 秘書官は一礼して執務室を出た。まだ冷や汗が止まらない。
 大統領になる以前から過激な発言を繰り返していた人物だけに、暗殺未遂の報復が過度なものになることは予想できた。仮に核兵器の使用をも辞さないところまで暴走すれば、誰にも制止する術がなくなる。
 どのような汚名を着ることになろうとも、と秘書官は相当な覚悟を決めて大統領の暴挙を止めるつもりだった。だからこそ手術の際、執刀医に大金を支払ってまで決行したのだ。
 あのまま大統領が核ボタンに手をかけていれば、緊急手術のとき頭部に埋め込んでもらった超小型爆弾を起爆させていただろう。大統領一人の生命で世界の平和が保たれるなら。
 だが、最悪の事態は回避された。大統領の気まぐれで。
「やれやれ」
 自分が世界を救ったかもしれない、などと考える余裕はなかった。とにかく、今はどうやってZ国との交渉に漕ぎ着けようか、ということだけ。
 秘書官は大統領府の廊下で小走りになりながら、目の前の難題にどう答えを出そうか頭をフル回転させた。きっと今回も何らかの解決策があるはず。そう信じて。


<END>


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