【最新作】

かぐやは月を見上げていた。
明日の夜には迎えが来る。とうとう月に還るときが来たのだ。
今や生まれた地である月よりも、こちらで過ごした年月の方が遥かに長い。どちらが自分にとっての故郷なのか、かぐや自身にさえ分からなくなっていた。
ただひとつ確かなのは、地球から去りがたい感情が湧き上がることだ。
緑豊かな自然や移ろいゆく四季など、数々の体験を肌を通して味わってきた。月に還れば、こんな貴重な経験は二度と訪れまい。それを知っているからこそ、どうしても後ろ髪を引かれる思いがあった。
けれども、月への帰還は悪いことばかりではない。何より月では、かぐやの仲間たちが彼女の帰りを待っている。
地球でのかぐやは、ずっと孤独を抱えたまま、この辛さを誰にも打ち明けられなかった。一人で不安に苛まれ、眠れぬ夜を過ごしたことも数えきれない。
でも、それももう終わりだ。これからはずっと仲間と一緒にいられるのだから。月に還ったら、地球での生活を仲間たちに語って聞かせるのが楽しみだった。
翌日、約束の迎えは現れなかった。
かぐやは待った。
しかし、次の日も、そしてさらに次の日も、月からは誰も迎えに訪れなかった。
かぐやは月を見上げることがこれまで以上に多くなった。帰還の日が決まるまでは生まれ故郷に想いを馳せていたが、今は不吉な予感が胸を押し潰そうなくらい次第に膨らんでゆく。
待ち続けて一週間後、ようやく月からのメッセージが届いた。
『……かぐや、迎えに行けず……済まない』
それは一ヶ月前、かぐやを迎えに行くとメッセージを送ってくれた男の声と同じだった。あのときはもっと明瞭な音声であったはずだが、今回は耳障りなノイズ混じりで聞き取りにくい。
悪い予感が当たったのだ、とかぐやは思った。
『我々の月面基地は……《インベーダー》の襲撃を受けた……ほぼ壊滅状態だ』
――《インベーダー》。
七十年ほど前、突如として外宇宙から襲来し、人類を攻め滅ぼそうとした謎の異星人。その正体については何ら判明していない。接触はいずれも失敗し、《インベーダー》という呼称も便宜上のものだ。
突然の侵略行為に対し、人類は核攻撃などの全戦力を投じて反抗したが、星間航行をも有する相手の科学力の前に歯が立たず、地球上の人類は一年足らずの間にほぼ滅亡した。
生き残って地球から脱出できたのは、ほんの一握りの人間だった。今は月面の裏側に建設された基地で地球への帰還計画を練っている。
かぐやは第一次地球帰還計画に選抜されたメンバーの生き残りだった。
だが、地球への降下中、《インベーダー》に発見されてしまい、降下シャトルは撃墜。かぐやの両親を含む多くの搭乗員が死亡し、奇跡的に地上へ辿り着いた数名の生存者だけで《インベーダー》の追跡を逃れながら月からの救助を待っていた。
それから十年。各地を転々としながら、仲間は次々と失われ、最後にはかぐやだけになってしまった。今は旧世紀時代に残された避難シェルターに身を隠し、月面基地との交信を試みる毎日だ。
たった一人になりながらも地道な努力を実らせ、ようやく月からの救助が来ると決まった矢先、まさか人類最後の砦である月面基地が発見されてしまおうとは。
「くっ……!」
かぐやは口汚い言葉で罵りそうになるのを懸命に押し殺した。
『月面基地はもう駄目だ……脱出した者もいるが、どれだけ逃げ切れたか……残念ながら、これで人類が再起することは二度あるまい……あとは君の健闘を祈る……人類史上最後の地球人として……願わくは一日でも長く生き延びてくれ……』
通信は一方通行で、そのままノイズが遠ざかるようにして途絶えた。きっと彼も攻撃された基地と命運を共にしたのだろう。
「私が人類最後の生き残り……」
かぐやの目は絶望に沈んではいなかった。むしろ、これまでよりも生への執着に満ちた強い輝きが宿っている。
決断は早かった。これまでの通信が傍受され、月面基地の所在が特定された可能性が高い。となれば、この避難シェルターもすでに第二の攻撃目標に設定され、いつ《インベーダー》が襲撃して来てもおかしくないことになる。
かぐやは何年も前から準備していたサバイバル・パックと携帯用の銃火器を持てるだけ持った。一刻も早くここを放棄し、安全な場所へ移動しなければ。
パニックになる必要などなかった。このような場合を想定し、すでに何カ所か新しい避難シェルターの候補を絞ってある。
「生き残ってみせるわ……絶対に!」
かぐやは隔壁の扉のハンドルを回すため、グッと奥歯を噛み、腕に力を込めた。
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