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多少の誤解はあったものの、とりあえず一件落着。オレがボコボコにしてやったチンピラどもはエルフィーナから念願のサインをもらい、頭をペコペコさせながら帰っていった。
「まったく、いい歳した大人がよお、モジモジしながらサインをねだるだなんて」
あー、やれやれ、世も末だねえ。オレは隣でチンピラたちを見送っているエルフィーナの横顔を盗み見た。
するとエルフィーナは、いきなりこちらを向いた。
ぱん!
オレはエルフィーナにビンタを喰らった。不意打ちだ。突然のことに、オレは目をしばたかせた。
「何てことをしてくれたの! いきなり現れたと思ったら、私に声をかけてきた人たちに暴力を振るうなんて! あなたがそこまで粗暴な人だとは思わなかったわ!」
エルフィーナはオレに向かって怒りを露わにした。オレはそんなエルフィーナを真っ向から見つめ返す。
ぱん!
もう一度、小気味いい音が響いた。ただし、今度はオレの頬じゃない。エルフィーナの頬だった。
叩いたのは、もちろんオレ。エルフィーナは驚いたような顔をしていた。まあ、当然か。お姫様なのだから、親にも叩かれたことはなかっただろう。
オレはスーッと息を吸い込んだ。
「バカ野郎! 元はといえば、お前が軽率な行動を取ったからだろうが! そりゃあよ、毎日毎日、何かと注目を浴びるご身分で、息が詰まることもあるだろうよ! お城を抜け出し、市井を見て回るお姫様ってのは昔からの定番だからな! でもよ、お前に何かがあったら、地球とエルファンの間に大変なことが起きるんだぞ! 悪くすりゃあ、戦争だ! その自覚がお前にあったのか! オレをどうこう言うよりも、まずは自分が反省しろよ!」
オレはエルファンの王女<プリンセス>であるエルフィーナを思い切り叱り飛ばした。相手が誰だろうと関係ない。相手が間違ったことをしたと思ったら、オレはそれを口にせずにはいられない性分だ。まあ、手の方が先に出ちまうのは、ご愛嬌ってことで。
「………」
黙ってオレの言葉を聞いていたエルフィーナの目には、涙が込み上げ始めていた。うっ、まずい、泣かしちまったか? 一応、ビンタは手加減しておいたつもりだが……?
こういうときどうしたらいいものか、女の扱いに慣れていないオレにはさっぱり分からない。もし、プレイボーイの慶吾のヤツなら、そっとハンカチでも差し出すんだろうが、そんなキザなことがオレに出来るか。第一、ポケットには何週間も洗っていないクシャクシャのハンカチがあるだけだし。
エルフィーナは涙のたまった目で、オレをジッと見つめた。うわああああ、どうすりゃいいんだよ、オレ?
次の瞬間、急にエルフィーナはオレに近づくと、なぜか爪先立ちになった。エルフィーナの顔がオレの顔に近づく。
「──っ!?」
何をするつもりだ、なんて考えているうちに、エルフィーナの唇がオレの唇に触れた。初めて知った柔らかい感触。いい匂いが鼻腔をくすぐった。
「………」
オレの頭の中は真っ白になった。奪われたオレのファースト・キス。しかも相手は同じ地球人じゃなく、異星人エルファンの王女<プリンセス>だ。
おそらく、キスは一瞬の出来事だったに違いない。しかし、思考停止したオレには、そのあとのことが、まったく頭に入ってこなかった。
キスをし終えたエルフィーナは、オレに向かって喚くように何かを喋っていたが、その内容も思い出せない。
オレが我に返ったのは、泣きながら走り去っていったエルフィーナの姿が消えて、しばらくしてからのことだった。
その日の夜は、初めてのキスが何万回もオレの頭の中でリピートされ、一睡もできなかった。これでも多感な思春期の男の子なんだよ。無理もねえだろが。
いつもなら、ゆっくりと朝寝坊を満喫してから登校するのだが、睡眠不足も手伝って、まともな時間に家を出てしまった。校門で生活指導の先公とすれ違ったら、目を剥いていやがったぜ。悪かったなあ。
「おっ、卓馬?」
昇降口で慶吾と顔を合わせた。ヤツもオレの早い登校に驚いている。まったく、どいつもこいつも。
そもそも、こいつがエルフィーナの婿探しの話なんかするからいけないんだ。だから余計に意識しちまって。とはいえ、慶吾の言うとおり、昨日、エルフィーナとキスをしたオレは、彼女の婿候補ナンバーワンというワケか。
オレの妄想は、玄関でのお出迎えから、お風呂でお背中お流ししましょうか、にまでエスカレートしていた。
あー、いかんいかん。とにかく教室へ行って、そこで寝よう。
オレはフラフラしながら教室へ辿り着くと、自分の席に座り、机に突っ伏した。疲れが出たのか、どっと睡魔が襲ってくる。
次の刹那、オレは物凄い殺気を感じた。
ジャキィィィン! ドッ!
何かがオレの机にぶつかったような衝撃を覚えた。オレは寝ぼけ眼で、頭を起こす。すると目の前にギラリと光る剣が突き立っていることに気づき、一気に眠気が吹っ飛んだ。
「なっ、何だ、こりゃあ!?」
オレは素っ頓狂な声を上げた。いつの間にか、オレの周りからクラスの連中が遠ざかっている。
「王子卓馬!」
ヒュン、と風が唸り、冷たい刃がオレに向けられた。三銃士に出てきそうな細身の剣を手にしているのは、何とエルフィーナだ。
オレはワケが分からず、呆気に取られた。
「な、何だよ、お前?」
「さあ、その剣を手に取りなさい! そして、尋常に勝負!」
「はあ?」
オレがなおも分からないといった感じでエルフィーナを見つめると、彼女は真っ赤な顔で怒りだした。
「エルファンの王女<プリンセス>たる私の頬を叩いた罪、決して軽くはありません!」
「ああ、そのこと?」
でも、そのあと、エルフィーナはオレに愛の口づけをしたんじゃなかったっけ? それが許した証拠じゃなかったのか?
「昨日、確かに決闘の申し込みである接吻を交わしたはず!」
「せ、接吻!?」
エルフィーナの言葉に、今度はクラスの連中が一同に目を見開いて驚いた。男どもから敵視の眼差しが、女どもからは軽蔑の一瞥がオレに向けられる。待て、キスしてきたのはエルフィーナの方だぞ。オレが奪ったんじゃない。オレは奪われたんだ。
どうやらエルファンたちの習わしでは、接吻が決闘の申し込みになっているらしい。多分、オレは憶えちゃいないが、エルフィーナがキスの後に喚いていたのは、このことだったのだろう。くそっ、何て紛らわしい風習なんだ! まったく、健全なエルファンの男女はどんな交際をしているんだか。
男同士の決闘でも、事前にそんなことをするのかと想像し、オレは、おえっ、となった。
「さあ、その剣を抜きなさい!」
エルフィーナはあくまでも本気のようだった。ああ、チクショウ! 可愛い顔して、このオレを叩き斬るつもりかよ!
「エルフィーナ様!」
そこへ親父たち、SPが雪崩れ込んで来た。昨日、まんまとエルフィーナに逃げられたクセに。
エルフィーナは親父たちを振り返った。
「止めてもムダです! これは私と王子との、正々堂々、正式な決闘なのですから!」
「だから、王子って呼ぶなっちゅーの!」
すると能なし親父たちは、合点承知とばかりにうなずいた。
「心得てございます、エルフィーナ様。むしろ、我らにも加勢させてください!」
「コラァ! 実の息子を何だと思ってやがるんだ!?」
オレは猛抗議した。
寝言親父の申し出など、気高きエルファンの王女<プリンセス>、エルフィーナは断ると思いきや、
「かたじけない。助かります!」
と、これまたあっさりと承諾しやがった。どこが正々堂々の決闘だ!?
王女から許しを得た最低親父は、喜色満面の笑みを浮かべて舌なめずりした。本気だな、こいつも。
「往生しろよ、卓馬」
親父は手近にあった椅子を武器にした。飛び道具は他の連中に当たる恐れがあるからだろう。
「ケッ、みんなまとめて返り討ちにしてやらあ!」
こうなったら後には引けない。オレは机に突き刺さった剣を抜いた。
「覚悟しなさい、王子卓馬!」
エルフィーナが華麗に剣を振りかざした。
「うおおおおおおおっ!」
オレは半ばヤケ気味に、エルフィーナたちに斬りかかっていった。