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◆突発性競作企画第18弾「E」参加作品◆

学園プリンセス

−3−

 ベンツの男たちが校門で待ち伏せしていた翌日から、オレはエルフィーナを見張るようになった。
 別にエルフィーナのことが、ことさら心配であったとか、そういうことではない。強いて言えば──えーと……そう、何か事件が起きそうな予感がして面白そうだったから。そうそう、そうなんだよ。それに、このところケンカしてなくて、暇だったしよ。
 三日後の放課後、エルフィーナはいつもの取り巻き女子校生たちと別れ、街へと繰り出した。最先端のファッションを発信するショッピング街だ。エルフィーナも、一応、女の子ってことだな。
 だが、エルファンであるエルフィーナは、学校の制服を着ていたものの、その特異な容姿から、すぐに大勢の人々たちから注目された。言うなれば、人気アイドルが顔も隠さずに街を闊歩しているようなものだ。辺りはエルフィーナを一目見ようと人が群がり、携帯電話についたカメラのシャッターが次々と切られた。まったく、節操のない連中だな。
 エルフィーナは最初のウチこそ、にこやかに愛嬌を振りまいていたが、やがてそれにも疲れたらしい。逃げるようにして手近なブティックの中に飛び込んだ。すると気を利かせた店員が貸し切りにし、他の客を閉め出しにかかる。やれやれ、某大物スターが来日して、家電量販店を貸し切りにしたってニュースを見たときはバカげていると思ったものだが、確かにそうでもしねえと、ゆっくりと買い物なんてできねえかもしれねえな。
 オレはそんな騒ぎを少し離れた場所から眺めていた。
 すると、「おい」といきなり声をかけられた。よく知っている声に、振り向くのも億劫になっちまう。
「こんなところで何してんだ、お前?」
 それはオレの親父だった。サングラスなんぞして、ニヒルに決めているつもりらしい。
 オレはしらばっくれた。
「別に。もう学校は終わったんだ。オレがどこをほっつき歩こうと関係ねえだろ」
「お前なあ。エルフィーナ様に失礼なことをするなよ」
「へいへい」
 すると、そこへ親父が携帯していた無電に通信が入った。
『班長、大変です! エルフィーナ様が姿を消しました!』
「何だとぉ!?」
 親父はイヤホンをしていたが、音量がデカいせいで近くにいたオレにも聞こえた。オレは店の方を振り返る。すると店は再び他の客を入れようとしているところだった。客たちは、きっと買い物よりもエルフィーナが目当てで、一斉に店へと雪崩れ込む。店の中はたちまちごった返した。
「捜せ! まだ、そんなに遠くへは行っていないはずだ! エルフィーナ様に何かあったら、オレたちのクビだけで済まないぞ!」
 親父は血相を変えて、無電に向かって怒鳴った。ケッケッケッ、せいぜい頑張りな。
 無電を切ると、親父もエルフィーナを捜しに、店の中へ突進していった。強引に中へ入ろうとする親父に、周囲からは非難が集中する。
 そんな中、人の流れに逆らって、小柄な人物が店の中から出てくるのをオレは見つけた。目深にかぶった大きな帽子。それが脱げないよう、懸命に指の長い手で押さえている。間違いない。
 オレは小柄な人物の跡を追って、パニックと化したブティックの前から離れた。



 平日でも混雑する大通りから離れた遊歩道のベンチに、先程の小柄な人物は休んでいた。ひょっとすると、こんなに大勢の人の中を歩くのは初めての経験だったのかも知れない。オレは自動販売機でコーラを買いながら、少し距離を置いて眺めた。
 そこへ反対側から五人の男たちが歩いてきた。うち三人は見覚えのある顔だ。あの校門のところに停めてあったベンツの男たちである。
 男たちはベンチの前で立ち止まった。
「エルファンの王女<プリンセス>、エルフィーナさんですね?」
 男たちに声をかけられ、ベンチに座っている小柄な人物──エルフィーナは、ぴくっと肩を震わせた。
 制服からブティックの洋服に着替え、特徴のある金髪と長く尖った耳を隠してはいるが、彼女はエルフィーナだった。変装をしたつもりだろうが、オレは一発で気づいたがね。
 強面の男たちは、逃げられないようにエルフィーナを取り囲んだ。本来、彼女を守るはずのSPも巻かれてしまっているので、助けには来ない。しょうがねえな。
 オレはまだ一口しか飲んでいなかったコーラを男たちに投げつけた。コーラの缶は男たちの一人の頭に直撃し、中身をぶちまける。ナイス・コントロール!
 当然、男たちはいきり立った。
「誰だ!?」
 そのとき、オレは不敵な笑みを浮かべていただろう。久しぶりのケンカだ。腕が鳴る。
 エルフィーナもオレに気づいた。
「王子!?」
「卓馬だっ!」
 オレは即座に訂正した。すると、オレの名前を聞いた男たちが驚愕の表情を浮かべる。
「王子卓馬だと!?」
「すばるヶ丘の狂犬<マッドドッグ>!」
 ほほう。どうやらオレの名前はヤツらにも知れ渡っているらしい。光栄だね。
「邪魔しないでもらおうか。我々は──」
「うるせえ!」
 オレは一喝した。男たちは色を失う。
「寄ってたかって、大の男が五人で一人の女を取り囲むとは。お前ら、男の風上にも置けねえヤツらだぜ! 代わりと言っちゃなんだが、オレが相手をしてやる!」
 オレは制服の上着を脱ぎ捨てると、猛然と男たちに突進した。まずはエルフィーナと連中の間に入り込む。そして、手近なヤツにパンチを見舞った。
 グシャッ、という鼻の骨が砕ける感触。男の一人が盛大に鼻血ブーになりながら吹き飛んだ。うひょっ、我ながら惚れ惚れするパンチだねえ。
 仲間をやられ、さすがに男たちも色めき立った。オレに向かって殴りかかってくる。
「てめえ!」
 チンピラ特有の恫喝。だが、オレは少しもビビらねえ。
 オレはあっさりと相手のパンチを見切ると、その懐に飛び込んだ。脇が甘いんだよ。
 オレはチンピラの鳩尾に、二発、三発とパンチを喰らわせた。チンピラは身体をくの字に折り曲げる。喉の奥から苦鳴が洩れた。多分、しばらくは何も胃が受けつけねえだろうな。
 二人目も膝から崩れるようにして、あっさりと倒れた。おいおい、随分と歯ごたえがないじゃないか。もう少しオレを楽しませてくれよ。
 しかし、向こうも修羅場の一つや二つはくぐって来たんだろう。オレが二人目を相手している隙に、別の野郎が背後に回り込んだ。レスラーみたいに図体のデカいヤツだ。そいつはオレを羽交い締めにしやがった。
「くそっ!」
 オレは振りほどこうとしたが、丸太のようなそいつの二の腕はビクともしなかった。ガッチリと決まってやがる。
 動きを封じられたオレの前に、ずる賢そうな男が立った。残忍な笑み。抵抗できない者をいたぶるのが趣味のようだ。
「ガキが舐めたマネをしやがって!」
 男はオレにかかってきた。オレは冷静にタイミングを計る。そして、思い切り地面を蹴った。
 羽交い締めにされていたオレは、後ろの男に体重を預ける格好になった。男は反射的に堪えようとする。そうこなくっちゃな。
 オレは浮き上がった両脚を揃えると、襲いかかってきた前方の男にキックを放った。ちょうど胸の辺りに直撃し、豪快に吹き飛ぶ。
「キャッ!」
 勢いがよすぎたせいで、男はエルフィーナが座っていたベンチの隣に激突すると、そのまま後方へひっくり返った。驚いたエルフィーナは両手で口許を覆っている。
 残るは二人。まずは後ろの男からだ。オレは力ずくの脱出を諦めると、頭を思い切り前に倒し、おもむろに起こした。
 ゴツッ!
「うあっ!」
 目論み通り、オレの後頭部が後ろにいる男の鼻を強打した。つまり、後ろ向きで頭突きを喰らわせてやったわけだ。
 身長差がアダになった。鼻を痛打した男は、羽交い締めにしていた腕の力を緩める。オレは、その機を逃さずに脱出した。
 頭突きを喰らった男は鼻を押さえ、やや前屈みになった。オレはすかさずジャンプする。そして、上半身をひねるようにして、男の頭部に回し蹴りを叩き込んだ。
 バキッ!
 さすがの大男も、オレの回し蹴りを喰らって無事ではいられなかった。巨体を地面に沈める。倒れた四人は、まったく起き上がってくる気配を見せなかった。
「どうも、あんたの部下はだらしないようだな。どうする? あんた一人になっちまったぜ」
 オレは五人の中で一番貫禄のある男に言った。ヤツを残しておいたのはわざとだ。もちろん、ヤツが許しを乞うても、オレは容赦なく叩きのめすつもりだけどな。
 オレはすっかり怖じ気づいた男のネクタイを左手でつかむと、右手の拳をギュッと握った。男は青ざめる。
 すると、エルフィーナが止めに入った。
「もういいわ、王子! やめて!」
「だから、オレを王子って呼ぶな!」
 オレはケンカの興奮も手伝って、エルフィーナに怒鳴った。男は情けない顔で震える。
「お、オレたちが何をしたって言うんだ?」
「何だと、コラァ! てめえら、こいつを捕まえて、身代金でもふんだくるつもりだったんだろうが!? それとも地球とエルファンの関係を悪化させようっていう、政治的な目的でもあんのか!?」
 男に噛みつくような勢いで、オレは凄んだ。男はとうとう泣き出す。
「そ、そんなこと、考えてませんよぉ! オレたちはただ、エルフィーナちゃんにサインの一枚でももらおうと……」
「サイン?」
 よく見ると、男の手にはサインペンと色紙が握られていた。
「………」
「ウチの親分がエルフィーナさんの大ファンで、是非ともサインが欲しいと……。でも、普段はSPや学校の生徒さんが近くにいて、なかなか声をかけづらくて……」
「だぁーっ、まぎらわしいんだよ!」
 脱力しかけたオレは、腹いせに男をぶっ飛ばした。


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