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勇者ラディウスの剣

−1−


 どのくらい走っただろうか。
 口は酸素を求めて大きく喘ぎ、足はもつれそうになるくらい突っ張っていた。
 旅姿の美少女二人は街道の脇にそそり立った大木を見つけると、滑り込むようにしてその陰に隠れた。
 太い幹にもたれ込むようにして荒い呼吸を整える。赤みがかった金髪の少女が自分たちの走ってきた方向を用心しながら窺った。
 誰もいない。
 そこでようやく安堵のため息をついた。
「どうやら巻いたみたいね」
「良かったですわ」
「まったく、しつこいんだから」
 金髪の少女が、汗で額に貼りついた前髪をかきあげながら愚痴る。
「それより、あれは無事ですの?」
 藍色にも見える長い黒髪の少女に言われ、金髪の少女は慌てて胸のあたりを探った。
「大丈夫、あるわ」
 それを聞いて、長い髪の少女もホッとする。
「あと少しですわ。王都まで行けば」
「ああ。それだけに奴等も手段を選ばなくなってきてるな」
 男のような言葉で金髪の少女が呟いた。
「やはり誰か護衛を雇うべきでしょうか? これから先、女二人では危険かもしれません」
「そうね……」
 長い髪の少女の提案に、金髪の少女が考え込む。
「それならオレを雇っちゃどうだい?」
 突然、頭上から声がした。
 見上げると、太く張り出した木の枝に一人の男が寝そべっている。二人は驚いた。
「だ、誰!? 何者!?」
 金髪の少女が詰問する。
「流れ者の剣士だよ」
 剣士と名乗った男はのんびり答えた。
「今の話、聞いてたのね!」
「そっちが勝手にやって来て話しだしたんだろ? 自然と耳に入ってきちまったよ」
「どうして、そんな所にいるの!」
「どこで昼寝しようとオレの勝手だ。それよりさっきの話だが、オレが護衛役、引き受けてやってもいいぜ」
 そういうと、男は木の枝から飛び降りた。軽い身のこなしで着地する。
 なるほど旅の剣士らしく、動き易そうな皮鎧を身につけ、腰には長剣を下げている。
 年の頃は少女たちと大して変わらないだろう。黙っていれば二の線はイケる顔だ。
 鎧につけられた無数の細かい傷が、数々の修羅場をくぐり抜けてきたことを証明している。おそらくは剣も使い込まれたものだろう。
 だが、金髪の少女は、その剣士を信用できなかった。
「なーんで、どこの馬の骨ともわからないアンタを雇わなきゃいけないのよ!」
 金髪の少女は剣士に食ってかかった。剣士はそれを平然と受け止める。
「こう見えても、剣の腕には自信があるぜ。まあ、勇者ラディウスほどじゃないがな」
「あったりまえでしょー!」
 勇者ラディウスと言えば、大陸にその名を知らぬ者はいない幻の剣士だ。噂ではレムリアの暗黒竜を斃し、要塞島の古代魔術師の陰謀を粉砕したと言われている。
 もっとも、どこまでが真実なのかは定かではなく、ラディウス本人にしても齢二百歳の老人説やら二十歳にも満たない少年説など、その人物像は謎だ。
 そんな英雄を引き合いに出す目の前の男を、金髪の少女は、益々、怪しんだ。
「せっかくですけどねぇー、アンタなんか──」
 そこで、もう一人の髪の長い少女が袖を引っ張った。
「な、なによ?」
 長髪の少女は金髪の少女に目配せすると、少し離れたところへ連れて行く。
 なにやら相談しているようだった。時折、金髪の少女が男の方を見て、露骨に嫌な顔を見せる。
 その間、男は黙って腕組みをし、面白そうに二人の少女の様子を眺めていた。
 やがて話し合いがついたらしく、二人が戻って来た。
「アンタを私たちの護衛役として雇うわ。仕事内容は、私たちを無事に王都まで送り届けること。報酬は大陸共通貨幣で五百枚。これでどう?」
 金髪の少女が苦々しげに言う。男はうなずいた。
「結構。──だが、どういう事情なのか教えてくれ。なぜ、アンタらは狙われている?」
 金髪の少女は唇を噛みしめて、長髪の少女を見た。
「それは私がお答えします」
 男に対して、初めて長髪の少女が口を開いた。
「こちらは、恐れ多くもカリーン王国の第三王女アンジェリカ様です。私は侍女のローラ」
「お、王女様ぁぁぁぁっ!?」
 男は大声を上げて驚いた。ローラが慌てて周囲を見渡す。
「静かに! 声が大きすぎます!」
「うっ、わりィい」
「アンジェリカ様は、ある使命で王都にいる国王陛下に書状を持って行かねばならないのです。内容は申し上げられませんが、このカリーン王国の存亡がかかった重要なものです」
「で、それを狙っている奴等がいるわけだな」
「そうです。どうでしょう、お引き受けいただけるでしょうか?」
 ローラは瞳を潤ませるようにして剣士を見つめる。
 剣士がアンジェリカ王女の方を見ると、王女はそっぽを向いていた。
「ふっ、面白そうだな。引き受けるぜ」
「ありがとうございます」
 ローラは深々とお辞儀をした。
「オレの名はケインだ。よろしくな、王女様」
 剣士ケインはアンジェリカ王女に右手を出した。
 アンジェリカ王女はぶっきらぼうに、
「アンでいいよ」
 と言って、手を握ろうとする。
「それにしても、アンタがカリーン王国の王女とはねぇ。噂通り、ジャジャ馬でとんでもないハネっ返りだな」
 ブチッ!
 一言、余計だった。
 アンの鉄拳が飛んだ。


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