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勇者ラディウスの剣

−2−


 一行は王都の隣町であるヒルトに辿り着いた。
 太陽は山向こうに沈み、町を薄暮が包んでいる。
 手頃な宿屋を見つけると、三人は部屋を取って、食事をすることにした。
「ローラ、何であんな男を雇ったのよ」
 きのこサラダを掻き混ぜながら、アンが文句を口にする。当のケインはまだ食堂に降りて来ていない。
「私たちに剣は扱えません」
「あいつなら私たちを守ってくれるって言うの? どうして信じられるのよ?」
「あえて言えば、女の勘、でしょうか?」
 ローラは小首を傾げながら言う。アンは皿を引っ繰り返してコケた。
「お、おっ、女の勘?」
「ええ」
 ローラはそう微笑むと、グリーンスープを優雅な手つきで口に運ぶ。
「それに──」
「それに?」
「私の記憶が正しければ、彼の持っていた剣に刻まれていた紋章は──」
 そこまで言いかけて、ローラは口をつぐんだ。ケインがやって来たのだ。
「お待たせ」
「待ってないわよ!」
 アンがぷいッと横を向く。
「わりィい、わりィい! ちょっと小便に行ってたもんで」
「それにしちゃ、遅かったじゃないよ」
「大きい方だなんて言わせるなよ」
「ば、バカッ! 食事中に何言うのよ!」
 アンは真っ赤になって怒鳴った。
 あまりに声が大きかったので、食堂中の注目を浴びてしまう。
 三人は恥ずかしさに口ごもり、食事に専念することにした。だが、周囲からは忍び笑いが絶えない。
 その中で三人を盗み見る、敵意に満ちた目があった。



「まったく、あいつのお陰で恥ずかしい思いをしたわ!」
 部屋に戻ったアンは、食堂での一件を思い出して、その身を乱暴にベッドへ投げ出した。安物のベッドが軋む。
「まあまあ」
 隣のベッドに座りながら、ローラがなだめた。
「だから、あんな奴と一緒になるのイヤだったのよ!」
「そんな大声を出すと、隣の部屋のケインに聞こえますわ」
「聞こえるように言ってんの! っっっっっっっっとに、バカなんだからっ!」
「とにかく、明日も早いですし、もう寝ましょう」
 ローラはとりなすように言って、夜風の吹き込む窓を閉めようとした。
 黒い影が飛び込んできたのは、その刹那だった。
「キャッ!」
 ローラは黒い影にぶつかって倒れ込んだ。黒い影はすぐさま立ち上がる。
「な、なに!?」
 アンはとっさのことに動けない。
 窓からは、さらに二つの影が侵入した。そして床に倒れていたローラを無理やり立たせる。最初に侵入した影が扉を塞いだ。
「アンタたち、ブードの手の者ね!」
「そうだ。おとなしく例のものを引き渡してもらおう。でなければ──」
 アンはローラを見た。その喉元には凶悪な剣が向けられている。アンは唇を噛んだ。
 男たちが優位に立ったと思った刹那、部屋の扉が開いた。
「たあーっ!」
 ケインだ。
 すでに剣は抜かれており、鋭い斬撃が走る。
 ガキィィィィィン!
 扉近くにいた男は、かろうじてケインの剣を受け止めた。だが、じりじりと押し返される。
 ケインは男の剣をはじくと、再度、斬りつけた。今度は受け止められない。男の肩口が血飛沫に染まった。
「ぐわぁぁぁぁっ!」
 仲間が斃され、男たちはひるんだ。
「遅かったじゃない、バカっ!」
 アンの口からは、感謝よりも先に悪態が出た。
「助けてもらっといて文句を言うな!」
 ケインも王女に対してふさわしくない言葉で言い返す。
 男たちはケインを手強いと見たか、ローラを抱えたまま、窓から逃亡をはかった。ちなみにここは二階だ。
「飛び降りた!?」
「ロ、ローラ!」
 ケインとアンは窓に駆け寄った。
 見るとそこには、さらに数人の男たちがいた。訓練された素早さでローラを縛り、用意していた馬に乗せてしまう。
 ケインもすぐさま飛び降りようとした。
 だが、威嚇の矢がケインたちに放たれる。慌てて窓の中に首を引っ込めた。
「チッ! 飛び道具か!」
「なんとかしてよ!」
「そうは言うけどなあ」
 ケインが考えを巡らせていると、蹄の音がし、やがて遠のいて行った。外を見るまでもなく逃げられたのだ。
「どーすんのよ!? ローラがさらわれちゃったじゃない!」
 アンはベッドに座り込むと、ヒステリックに叫んだ。
「国王陛下への書状は!?」
 ケインは冷静に問い返す。
「え? あ、ああ、それは大丈夫よ。私が持ってるわ」
 アンは胸の辺りを触った。
「それよりローラよ! アンタ、心配じゃないの!?」
 ケインは肩をすくめた。
「別にいいじゃねえか、侍女の一人くらい。書状とアンタが無事なら問題ないはずだ」
「でも……」
 ケインは鋭い視線を投げた。
「侍女の命でも犠牲にはできない、なんてのはナシだぜ。王族だったら使命を優先させるのが当然だ。甘いこと言ってちゃ、国を治めるなんてことはできねえよ」
「………」
 ケインの言葉にアンは黙ってしまった。
 だが、すぐに決意を秘めた目になる。
「実はアンタに嘘をついてたの」
 アンはゆっくりと話し出した。
「嘘?」
「ええ。私はカリーン王国の第三王女アンジェラじゃないわ。さらわれたローラこそが王国の第二王女オーロラよ」
「な、何ぃ!?」
 ケインは驚きの声をあげた。脱力して、その場に座り込みそうになる。
 アン王女が実は侍女で、侍女のローラこそが王女様?
 ケインの頭は混乱した。
「フン! 気がつかなかったとはアンタも甘いわね! どう見ても私よりローラの方がお姫様らしいじゃない!」
「まあ否定はしないけどな」
 あっさり言われて、アンはケインを殴ってやろうかと思った。
「──って、事はだ」
「書状だけを届けても無意味。それどころか王女を見殺しにした罪でアンタは死刑よ」
「げっ!」
 ケインの頭から血の気が引いた。
 そうとなればローラを救出しないわけにはいかない。
 ケインは床に倒れて気絶していた男を起こしにかかった。


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