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その教会は打ち捨てられて、何年も経っているようだった。天井は落ち、壁も所々、崩れている。不気味な雰囲気を醸し出していた。
その礼拝堂にローラをさらった男たちがいた。全部で七人だ。
その中のリーダーらしい男が、床に転がされたローラに脅しをかけていた。
「まったく手擦らせてくれたな。素直に渡してくれぬから、こういった乱暴な手を使わなくてはならなかったのだ」
「それがあなたたちのやり方なのでしょう」
ローラの顔は青ざめていたが、言葉はしっかりとしていた。
「可愛い顔をして、意外と気丈だな。まあ、その強がりもどこまでもつか」
そう言ってリーダーは薄く笑った。これからの行為を臭わせる、いやらしい笑いだ。
「何をされても、あれは渡せません」
「それは困る。あれは我が主人にとって不利になる代物。なんとしても渡してもらわねばな」
リーダーは立ち上がると、その他の男たちに目で合図した。
と、そのとき──
「待て!」
扉の片側が吹き飛んだ入口から、二つの影が伸びた。
ケインとアンだ。
二人は用心深く、ゆっくりと礼拝堂の中に足を踏み入れた。
「ほう。意外と早かったですね」
リーダーが感心したように言う。男たちは二人を取り囲むように散った。
「ここへ来たと言うことは、取り引きしていただけるということですかな?」
言葉とは裏腹に、男たちが剣を抜く。
だが、ケインは動じなかった。
「悪党と取り引きするつもりはねえな。ただ、人質を取り返しに来ただけだ」
「ほう。この人数とやり合う、と?」
リーダーの眼が凶悪な光をおびた。
「もちろん」
ケインが剣を抜いた。
それが合図だった。
男たちは一斉に斬りかかった。
完全に囲まれる前に、ケインは一人ずつ斬り結んだ。
裂帛の気合いと共に繰り出される一撃は鋭く、そして正確に男たちを斬った。その力量の差は明らかだった。
ケインへ振り降ろされる剣はすぐさま弾かれ、もう一撃を見舞う前に稲妻の速さで斬り伏せられる。男たちに避ける術はなかった。
それでもケインは手加減しているようだった。その証拠に、男たちを斬っても深手にはならず、反撃できないよう腕を傷つけるだけだ。斬られた男たちは一様に剣を落とし、腕を押さえた。
たちまち五人がやられ、リーダーは自分の目を疑った。
「何者だ、この男!?」
キィィィィン!
最後の部下の剣が宙に舞い、リーダーの前に突き刺さった。
たった一人の剣士に、六人の男が手も足も出ない。悪夢だった。
ケインは息一つ乱さず、リーダーの方に近づいた。
リーダーは最後の手段に訴えようとした。
「み、見事だ。だが、人質がこちらにいることを忘れないでもら──おおっ!?」
ローラの方を見たリーダーの眼が驚きに見開かれた。
いるはずの人質がいない。
「大丈夫だった?」
ケインの剣技に目を奪われている隙に、こっそりと迂回したアンによってローラは助けられていた。離れた場所で縄が解かれる。
「おしまいだな」
ケインは剣の切っ先を向けた。
「くっ!」
リーダーは自ら剣を抜き、一矢報いようとした。
だが、そのとき、ケインの剣に刻まれた紋章が見えた。
「! そ、それは、勇者ラディウスの紋章!」
「えっ!?」
アンも驚いてケインを見る。
ケインは動じない。リーダーを見据えたままだ。
リーダーは身体を震わせていた。
「ゆ、勇者ラディウス……かなうわけがない……」
「オレが勇者ラディウスならどうする?」
ケイン──いや、ラディウスは静かに尋ねた。
リーダーは剣を捨てると、後ろに下がった。
「す、すまなかった……許してくれ」
「ならば、この場から去れ」
リーダーは壊れたように何度もうなずくと、脱兎のごとく逃げ出した。他の男たちも立ち上がり、その後を追いかける。
礼拝堂にはアンとローラ、そしてラディウスの三人が残った。
「終わったぜ」
ラディウスは剣を収めると、二人に声をかけた。たちまち二人が緊張に硬くなる。
「も、申し訳ございません」
たまらずアンが土下座した。
「勇者様とは知らず、数々のご無礼お許しください!」
「おいおい」
「さらに勇者様には嘘をついておりました!」
「そのことなら、もう──」
「いえ! すべてが嘘だったのでございます!」
「へ?」
アンが何を言わんとしているのか分からなかった。
「私たちはカリーン王国の王女と侍女などではありません」
「え?」
「ただ、ある貴婦人の浮気を調査していただけです」
「ええっ!?」
「私たちはそのような素行調査などを生業にしている者です。今回は浮気の証拠を押さえたのですが、どうやら不倫相手の貴族にバレてしまったらしく、執拗に追いかけられていたのです」
「じゃ、じゃあ……」
「はい。私はアンジェリカ王女などではなく、もちろんローラも違います。ただの平民にすぎません。すべてはあなた様に助けてもらうための嘘でございました」
ローラもアンの隣で平伏した。
「申し訳ありませんでした」
ラディウスは頭を掻いた。
「話が出来過ぎてるとは思ったんだよなあ。──まあ、いいや。分かったよ。もう立ってくれ」
「本当にすみません、勇者様」
何度も頭を下げる二人に、ラディウスは笑った。
「もうやめてくれ、その『勇者様』ってのは」
「でも……」
「オレは勇者ラディウスじゃねえよ」
「え?」
今度はアンたちの方が問い返した。
「だって、その剣の紋章……」
「ああ、これか? アンタらは知らないかもしれないけど、西の都じゃ、結構、流行ってるんだぜ。ラディウスの剣のレプリカ」
「ラディウスの剣のレプリカ?」
段々、二人の表情が変わってゆく。
「そう。こんな剣持ってる奴なんてゴロゴロしてるぜ」
「じゃ、じゃあ……」
「オレは最初に名乗ったとおり、流れ者の剣士ケインだよ」
ラディウス──いや、もといケインは、意地悪そうな顔で笑って言った。
アンの肩が怒りに震え出す。
「あ、あ、アンタって奴は……」
ブチッ!
「バッキャロォォォォッ!」
アンの怒号が夜の闇にこだました。
その後、勇者ラディウスの冒険譚に新たな物語が加わったという。
もっとも、それは数ある冒険譚の中でも、取るに足らない非常に小さな物語だったが。
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