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勇者ラディウスの悪評

−5−

 改めて対決することを決めたケインと勇者ラディウスを名乗る男は、村長の家から外へと出た。その勝負を見届けようと、サムたち、ハダルの村人もそれに続く。思わぬ成り行きに、アンとローラは顔を見合わせた。
「にせラディウス同士の戦いというワケか」
 アンは揶揄するように言った。
「ケイン様なら、きっと大丈夫ですわ」
 じっとケインを見つめるローラの目は、真剣そのものだった。
「分からないわよ。あの大剣<グレート・ソード>の男も、かなりの手練れだし」
 ローラがケインの肩を持つのを見て、アンはつい反論したくなった。するとローラは祈るように胸の前で両手を組む。
「大丈夫ですわ」
 その呟きはまるで自分に言い聞かせているようだった。
 ケインと男は充分な間合いを取って向かい合った。先程は剣すら抜くことが出来ず、不覚を取った形になった男だが、今度は戦う前から余裕を持って大剣<グレート・ソード>を構える。剣さえ抜けば勝てると言わんばかり、不敵にほくそ笑む。
「若造、このラディウス様にケンカを売ったこと、すぐに後悔させてやるぞ」
 ヒゲだらけの口許を緩めながら、男は言った。しかし、ケインはまったく意に介した様子はない。
「その前に約束してもらおうか」
「なんだと?」
「オレが勝ったら、自分は勇者ラディウスじゃなかったと認め、この村から出て行ってくれ」
 ケインの提案に、村人たちの表情が変わった。期待に満ちた目つきで、若い剣士を見つめる。
 男は、それをケインの強がりと取ったのか、憤怒するかと思いきや、むしろ面白がった。
「ほお、勝つつもりでいるのか。いいだろう。その代わり、オレが勝ったら、そこにいる女どもをもらうぞ」
 男はぎらついた目つきでアンたちに一瞥を向けた。アンとローラは嫌悪するように、互いの手を取り合って、顔を強張らせる。にもかかわらず、ケインはあっさりと了承してしまった。
「分かった」
「ちょ、ちょっと、アンタねえ──!」
 アンは抗議しかけたが、すでに二人は動き出していた。もう止められない。男が大剣<グレート・ソード>を頭上に掲げ、ケインに向かって猛然と斬りかかった。
「でやぁぁぁぁぁぁっ!」
 ケインよりも二回りは大きな体躯から繰り出される一撃は、壮絶なる破壊力を秘めていた。これなら斧の代わりに丸太を切断することも可能だろう。
 だが、ケインはすぐに避けようとしなかった。突進してくる相手に足がすくんだのか。剣の戦いを間近で見たことのない村人の多くは、そう思ったはずだ。
 無論、そんなことはなかった。ケインはギリギリのところで男の太刀筋を見切る。回避の動きは必要最小限だ。
 ブゥン、と風が唸った。男の大剣<グレート・ソード>が作り出したものだ。それをケインは涼しそうに避けた。
「さすがに、それだけのいい体格をしているだけのことはあるな。これならコボルドもひとたまりもないだろうね」
「ほざけ! コボルドどころか、ドラゴンだって一刀両断できるわ! 貴様もじきに、この大剣<グレート・ソード>の錆にしてくれる!」
 男は大口を叩いたが、なおかつ大剣<グレート・ソード>の扱いも見事だった。すぐに剣を返すと、今度はケインの胴を狙って払う。ケインは後ろに飛びすさりながら、間合いを取った。
「おおっと! 意外に素早い切り返し!」
「逃さん!」
 男は大剣<グレート・ソード>を振り回しながら、軽やかなステップで逃げ回るケインを追いかけた。ケインは自ら攻撃を仕掛けようとはせず、ただ大剣<グレート・ソード>の間合いから遠ざかるように距離を置く。男は執拗に攻撃し続けた。
 ケインが一方的に押されているように見えて、ローラはハラハラした。あのバカでかい大剣<グレート・ソード>がかすっただけで、ケインの腕など易々と切断されてしまいそうだ。しかし、その隣にいるアンは、ローラよりももっと冷静に戦いを分析していた。
「あの大剣<グレート・ソード>を振り回し続けりゃ、いつか疲れて動きが鈍る。あいつはその瞬間を待っているのさ」
 アンに説明されても、ローラは安心しきれなかった。あのラディウスを騙る男の肉体を見ると、スタミナなどいくらでもありそうだ。それまでケインが逃げ回れるのか。
「どうした!? 逃げ回るだけでは勝てんぞ!」
 男はまったく反撃しようとしないケインを挑発した。大剣<グレート・ソード>の攻撃は一向に衰えない。ローラが危惧したように、重い得物など問題ないようだ。
「ならば、そろそろこちらから仕掛けさせてもらおうか」
 そうケインが言うや否や、後ろ向きの動きから、急に前へと変化した。
「バカ!」
 アンは思わず悪態をついた。挑発に乗ったケインがあまりにも無謀に思えたからだ。
「上等だ!」
 正面から突っ込んでくるケインに、男は舌なめずりをした。自ら間合いに飛び込んできた愚か者に、渾身の一撃を見舞う。
 だが、次の刹那、ケインの姿は男の前から消えていた。
「何ィ!?」
 男は驚愕した。その死角からケインが忽然と現れる。気づいたときには、もう遅い。
「やあっ!」
 ケインの長剣<ロング・ソード>が一閃した。男の肩口を切り裂く。目にも止まらぬ、鋭い攻撃だった。
「うあっ!」
 男は慌てて、ケインから離れた。傷は浅いが、それはケインが手加減してのもの。それくらいはこの愚かな男にも分かっていた。
「隙が出来ましたな、勇者殿。オレが向かっていった瞬間、アンタはチャンスだと思って、いつもより余計な力が入った。その剣で大振りは致命的だ。もし真剣勝負だったら、左肩だけでは済まなかったかもな」
 ケインは得意げになるでもなく、まるで剣術を指南するように言った。最初からケインは、本気で戦っていなかったのである。それでいて、あっさりと勝負を決めてしまう剣の腕前には、村人からも感嘆の吐息が漏れた。
「ぬぬぬぬっ……」
 男は悔しさのあまり、唇を噛んだ。一介の剣士に負けては、勇者ラディウスを名乗るのもおこがましい。
「さあ、約束通り、この村から出て行ってもらおうか。それとも、まだ勝負を続けるつもりかい?」
 ケインは降服勧告を行った。すると、男は懐から何かを取りだし、それを口にくわえる。見たところ、小指の先くらいしかない笛のようだった。
 男は笛を吹いた。しかし、音はしない。少なくともケインたちには聞こえなかった。
「なんのつもりだ?」
「すぐに分かる。──ところで、お前の名を聞いておこう」
「ケインだ」
「ケインか。憶えておいてやる」
 男は何かを企んでいるのか、ニヤリと笑った。
 村人たちから驚きの声が上がったのは、そのときだった。視線の先を見ると、村の外からイヌの頭を持った人型のモンスターが乱入してくるところだ。
「コボルド!?」
 アンは目を見開いて驚いた。臆病な性質のコボルドが、まさか人間の村を襲うとは考えられないからである。
 すぐにケインが動いた。十匹以上はいると思われるコボルドに向かって駆け出す。
「みんな、家の中へ避難しろ! オレがいいと言うまで外へ出るな!」
 ケインはコボルドを引き受けながら、村人たちに叫んだ。
「冗談じゃないわよ!」
 大人しく従おうなんて気はないアンだった。両手拳を強く握り、コボルドに立ち向かう。
「アン!」
 相棒の突進に、ローラは躊躇した。自分だけ逃げるわけにはいかない。ケインだって戦っている。
 そのとき、ローラの意識の中に呪文が浮かび上がった。
「バリウス!」
 見えない真空の刃が、襲い来るコボルドたちへ飛んだ。聖魔術<ホーリー・マジック>の攻撃呪文である。脆弱な亜人種<デミ・ヒューマノイド>モンスターたちは、ローラの魔法を喰らって、一気に半数が減った。
「助かるぜ!」
 ローラの援護にケインは感謝した。その言葉にローラは頬を染める。それを見たアンは、なんだか面白くなかった。
「このぉ!」
 モヤモヤしたものは、コボルドを攻撃することによって晴らした。飛び膝蹴りを向かってきたコボルドの顔に見舞う。グシャリ、と骨が砕けるような音がした。
 ケインも長剣<ロング・ソード>で、次々とコボルドを斬り伏せた。コボルドは為すすべなく、累々と死屍になって転がる。所詮、この若い剣士の相手には不足もいいところだった。
 十二匹のコボルドは、ケインたち三人によって、アッという間に一掃された。まだ、外にいた村人が家の中に避難しきらないうちに、である。コボルドが退治されたと分かると、村人たちは恐る恐る、その死体を見届けに集った。
「ふぅ。──誰もケガしてねえな?」
「あっ、ケガした方がいらっしゃったら、私が治療しますので、申し出てください」
 そんな必要はなかった。ケインたちのおかげで、ハダルの村は救われたのだ。
「ありがとうございます! あなたたちこそ、村の勇者です!」
 村長が代表して、ケインの手を取った。村人たちが拍手を贈る。だが、一度は裏切られたアンとしては、これまた手の平を返したような態度に、素直に喜ぶことは出来なかった。
「──そういえば、あの男は?」
 アンはにせラディウスの姿を捜した。しかし、どこにもいない。この騒ぎに乗じて、どこかへ逃げてしまったらしい。
「やられたな。あの男が使った笛、モンスターを呼び寄せるマジック・アイテムみたいなものだったんだろう」
 ケインは剣を収めながら、自分の推測を口にした。おそらく、そうに違いない。アンはまだ暴れ足りない気分で、拳を叩きつけた。
「チクショウ! あの男、今度、会ったら、ただじゃおかないんだから!」
 こうして、アンたちはハダル村の依頼を果たした。



 その帰り道──
「何で、こんなことになるんだよ?」
 ケインは汗だくになりながらぼやいた。
「しょうがないでしょ。あの人たちの好意を断れるわけないじゃない?」
 アンは口を尖らせながら言った。
 ケインは報酬金の代わりという、ハダルの村で育てられた野菜を荷台一杯に乗せながら、懸命に引いていた。道は緩やかな登り坂が続いている。ぼやきたくなるのも無理はなかった。
「大丈夫ですか、ケイン様?」
 ローラがケインを気遣った。ケインは息も絶え絶えだ。
「大丈夫よ、これくらい男なんだから。よいしょっと!」
 ひどいことにアンは荷台の上に座った。より荷重がかかり、荷台が傾く。
「コラ! な、何をしや……が……」
 ケインは苦しげに呻き、足を踏ん張らせた。アンは少しだけ気分が良くなった。


<Fin>

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