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勇者ラディウスの悪評

−4−

「連れてきました、ラディウスさん」
 サムたち、ハダルの村人に突き出され、アンとローラは危うく転びそうになった。その身体には、抵抗できないように縄が掛けられている。アンはサムの手の平を返したような態度に憤り、後ろを振り返って睨みつけた。
「アンタたちねえ……!」
 そもそもラディウスと名乗る男に迷惑して、本物かどうか調べて欲しいと依頼してきたのは、この村の人々ではないか。それをいざというときに尻込みして。アンは情けなくもあり、悔しくもあった。
 だが、ラディウスと名乗る男は、村長の家の一室で相変わらず暴飲暴食を繰り返しながらも、威嚇するように大剣<グレート・ソード>を常にそばに置き、凶暴な目つきをギラギラと光らせていた。これでは村人たちも従わざるを得ないだろう。彼らはコボルド退治にも困るような、か弱い村人たちなのだ。
「おっ、ねえちゃんたち、戻ってきたな」
 村長から新しい酒を提供されたのか、大剣<グレート・ソード>の男はご機嫌だった。赤ら顔が、益々、ひどくなっている。アンは、もう一度、勝負を挑めば、今度こそ勝てるのでは、と思った。
 しかし、男が左手の大剣<グレート・ソード>をスッと持ち上げたとき、アンは自分の読みが甘いことに気がついた。大人が両手で持っても余りある大剣<グレート・ソード>を、この男はふらつきもせずに未だ軽々と扱っている。見かけほど、泥酔しているわけではなさそうだ。
「この村には大した食い物もないが、女っ気もさっぱりだ。みんな、貧相な体つきと陰気な顔をしていやがる。だが──お前たちはなかなかの器量の持ち主。久しぶりに女を抱きたくなったぜ」
 そう言って男は、アンたちに近づいた。縛られているアンは逃げることもできない。代わりに男のツラへ向かって唾を吐いた。
「近づくな、このニセ勇者!」
 唾はちょうど男の左目を直撃した。男は顔をしかめる。
「何だと!?」
 それはニセモノ呼ばわりされたせいか、それとも小娘に唾を吐きかけられたからか。男の声に怒りが含まれた。しかし、アンはひるまない。
「だって、そうでしょ! 私たち、コボルドが棲みついた洞穴に行ってみたわ! そうしたら、まだコボルドがうじゃうじゃいるじゃないの! 退治したなんて、よくそんな白々しいウソがつけるわね!」
 アンの話に反応したのは、男よりも村人たちの方だった。無理もない。彼らはコボルドが退治されたからこそ、この傍若無人な男の滞在を許していたのだ。話が違うとなれば、さすがに色めき立つ。アンの隣では、同じく縛られたローラが事の成り行きにハラハラしていた。
 すると自称勇者の男は、大剣<グレート・ソード>で周囲を薙ぎ払うようにして、村人たちを黙らせた。
「待て待て! オレは『追い払ってやった』とは言ったが、『全部、退治した』なんて、一言も言ってねえぞ! 第一、ヤツらは数ばかり多くて、オレが何匹か殺ったら、蜘蛛の子を散らすように逃げていっちまいやがったんだ! それをオレ一人で引っ捕らえるなんざ、無理に決まっているだろう!」
 男は自分を正当化させるように吠えた。しかし、一度、疑惑を持った村人たちを納得させるのは難しい。
「ふーん、勇者ラディウスって、その程度!? たかだが、三、四匹、斬ったくらいで、デカい顔しないでもらいたいわ!」
 アンがさらに追い討ちをかけた。村人の誰も面と向かって文句を言わないが、ひそひそと話しながら、男を白眼視し始める。男はたまりかねた。
「あー、分かった、分かった! また洞穴にコボルドが棲みついたというなら、もう一度、オレが行って、今度こそ皆殺しにしてやるさ! 受けた依頼は、ちゃんと最後までやり遂げてやる! どれ、酔い覚ましに、今から出掛けるとするか!」
 男はのっしのっしと歩くと、行く手を塞ぐ村人たちを掻き分けるようにして、村長の家から外へと出ようとした。そこへ──
「その仕事、オレが引き受けちゃダメかい?」
 扉の向こう側から若い男の声がした。ラディウスなる男は片眉を吊り上げる。
「何者だ!?」
 男はまるで扉をぶち破るような勢いで開けた。そこに立っていたのは、見慣れぬ旅装束の青年。
「アンタが勇者ラディウスだそうだな?」
「ぬっ……」
 青年は断りもなしに中へと入ってきた。男は胸ぐらをつかもうと手を伸ばしたが、青年はあっさりとその横をすり抜けてしまう。男は自分の手を信じられないように見つめた。
「あっ!」
 青年が部屋の中央にまで進んだとき、初めてアンとローラは気がついた。
「あ、アンタは──」
「ケイン様!」
 その青年の名を先に呼んだのはローラの方だった。その瞬間、アンは口をあんぐりと開ける。
「ケイン“さま”って……」
 アンは横にいるローラを見た。そのローラの顔はわずかに上気し、瞳は輝くように潤んでいる。アンのあごがガクンと落ちた。
「よお!」
 突然、現れた青年──ケインは、この状況の中では似つかわしくない、のんびりとしたなごやかな雰囲気で、アンとローラに声をかけた。彼こそ、一ヶ月前の事件で二人の窮地を救った旅の剣士である。
「どうやら、間に合ったようだな。無事で何より」
 ケインは二人に近づくと、ブーツに刺していた短刀<ダガー>で、アンとローラの縄を斬ってやった。ローラは白馬の王子様が現れたような面持ち。一方、アンはといえば、心中、複雑なものがあるのか、顔を引きつらせていた。
「どうして、アンタがここに?」
「ああ、ボスの命令でな」
「ボスって──ママの!?」
 アンは驚いた。ケインと母ドナが、どこでどう知り合ったのか。
「とうとう食うに困って仕事を探していたら、偶然、お前んトコの求人を見つけてな。お前たちがここへ向かった翌日のことだ。オレも、ボスがお前の母親だと知ったときはビックリしたぜ。で、二人が心配だから、追いかけてくれということになって、やっとこさ追いついたというわけ」
「そうだったんですか」
 ローラはケインのことをぽわっと見つめながらうなずいた。まさか、ここまでローラがケインに熱を上げていたとは。まるで気がつかなかったアンは、愕然とするやら、呆れるやら。
 しかし、今は一ヶ月ぶりの再会を喜ぶときではなかった。
「待て、貴様! いきなり現れて、何を勝手なマネをしてやがる!?」
 すっかり無視された格好になった男は、二人を解放したケインに怒鳴りつけた。しかし、この旅の剣士は飄々としたもの。
「女二人を手込めにしようなんざ、かの高名な勇者ラディウスのするこっちゃねえだろ!?」
 ケインはゆっくりと立ち上がりながら、男の方に振り返った。その口許にはからかいの笑みが浮かんでいる。まるで、お前はラディウスなんかじゃないと、見抜いているかのように。それが男の癪に障った。
「おちょくりおって!」
 男の手が大剣<グレート・ソード>の柄にかかった。気に食わないケインに斬りかかるつもりだ。が──
「な、何ィ──!?」
 喉元を鳴らしたのは男の方だった。大剣<グレート・ソード>を抜こうという姿勢のまま、ケインの長剣<ロング・ソード>が突きつけられている。いつ剣を抜き放ったのか、まったく男には分からなかった。
「そんな物騒なモン、家ん中で振り回すものじゃないぜ? オレを斬る前に、余計な犠牲者が出ちまう」
 ケインの言うとおり、震え上がっていたのは村人たちだった。少しでも二人から遠ざかるように部屋の一角へ固まり、身を縮めている。
 男は引き下がるしかなかった。何より、首筋にはケインの剣が紙一重のところにあるのだ。男は大剣<グレート・ソード>の柄から手を離した。するとケインも長剣<ロング・ソード>を鞘へと戻す。
 アンは固唾を呑んだ。ケインの剣技は、前回の事件で目の当たりにしている。複数の敵をアッという間に無力化してしまった手並みは、さすがのアンも認めないわけにはいかない。今だって、ケインが男を斬ろうと思えば、簡単に出来たはずだ。
 しかし、煮え湯を飲まされたはずの男は負けを潔しとはしなかった。脂汗をこめかみに滲ませながらも、ケインに向かってアゴをしゃくる。
「こいつは、オレとしたことがうっかりしていた。どれ、勝負は外でつけようか。その減らず口、すぐに叩けなくしてやる!」
 黄色くなった歯を剥き出して言う男に、ケインはやれやれという風に肩をすくめた。だが、すぐにその目は挑戦的なものに変わる。この青年も剣でのやり取りを好む人種だ。
「望むところだ。この大陸にて知らぬ者はいない勇者ラディウスと手合わせできるなら、一端の剣の使い手として、これ以上の名誉はない」


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