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ジャイアント・ラットの齧歯がアンの眼前に迫った。アンは抜群の運動神経で身をひねると、その反動を利用して、ジャイアント・ラットの頭にキックを浴びせる。それはクリーンヒットした。
ジャイアント・ラットがひるんだ隙に、アンは立ち上がろうとした。が、右足に激痛が走り、顔をしかめる。見れば血が出ていた。どうやらジャイアント・ラットを蹴ったとき、運悪く硬い齧歯に当たってしまったらしい。アンは痛みをこらえて、ジャイアント・ラットから間合いを取った。
先ほどのボディー・ブローとは違い、頭部への一撃はさすがのジャイアント・ラットも堪えたようだった。激しく頭を振り、ダメージを回復させようとしている。アンはそれを見逃さなかった。
「頭への攻撃は有効のようね」
いかにしてジャイアント・ラットを斃すか。アンの脳裏にひとつの方策が浮かんだ。しかし、それは紙一重の攻撃になりそうだ。右足を負傷した今、それに対応できる動きが出来るかどうか。
──やるしかない。アンは意を決した。
ジャイアント・ラットは軽い脳震盪から回復した。抵抗し続ける目の前の獲物──つまりアンに敵意のこもった視線を向ける。赤い目が険悪に細められた。
次の刹那、ジャイアント・ラットは真っ向から突進した。足が痛むアンはすぐに動けない。無事な方の左足で床を蹴り、横へ逃れようとした。
しかし、ジャイアント・ラットも、その巨体に似合わずはしっこい。アンに避けられたと分かるや、体を振り回すようにしてぶつかってきた。アンは防御もできないまま、吹き飛ばされる。
「あつっ!」
その威力の凄まじさたるや、アンは背中から下水道の壁に叩きつけられた。痛みに、思わず目をつむってしまう。次に目を開けた瞬間、アンの喉元を狙ったジャイアント・ラットの齧歯が肉迫していた。
ここだ、とアンは両腕を頭上に振り上げた。そして、五指を組み合わせるようにし、渾身の力でジャイアント・ラットの頭めがけ振り下ろす。
グシャリ、と何かが砕ける感触がした。それでもジャイアント・ラットの突進は急には止まらず、アンの胸の辺りに齧歯が触れかける。アンはさらに身をよじった。
それと同時に、アンは右膝をジャイアント・ラットの下顎に向かって突き上げた。それは狙い違わずに命中し、ちょうど上からハンマーのように振り下ろした両拳とサンドイッチになる。上下に挟み込むようにして頭を潰され、ジャイアント・ラットの頭蓋骨は致命的なダメージを負った。
自ら壁に激突するような格好で、ジャイアント・ラットの動きはようやく止まった。そのまま、ずり落ちるように倒れ込むと、四肢を痙攣させ、口から泡を吹く。アンはジャイアント・ラットを斃せることができたのだと確認すると、急に力が抜けたように、その場にへたり込んだ。
「はあ、はあ……やった……」
戦いの緊張から、ジャイアント・ラットを退治できた喜びに、アンは脱力した。しばらく、呼吸が整うまで動けそうにない。そうして座り込みながら、アンはガデスたちが立ち去った方向を見やった。
またしても逃げられてしまったが、この街にいる限り、絶対に見つけてやる。アンは新たなる決意を胸に秘めた。
一方、ジャイアント・バットに襲われたケインたちは──
「きゃあああああっ!」
ジャイアント・バットにさらわれたローラが悲鳴を上げた。空中に吊り上げられ、足下が地につかない恐怖。ケインは懸命に追いすがろうと手を伸ばした。
「待て!」
ジャイアント・バットに言葉が理解できるはずもなかったが、ケインは怒鳴りつけた。ひと羽ばたきごとに、ローラの身体が高く吊り上げられる。
しかし、いくら巨大な翼を持つジャイアント・バットでも、人間ひとりを引っ張り上げるのは簡単ではなかったようだ。その証拠に、ローラをつかんだジャイアント・バットは徐々にしか上昇しない。それがケインたちに幸いした。
ケインはタイミングを計ってジャンプした。左手でしっかりとローラの足首をつかむ。
ガクンと、ジャイアント・バットの高度が下がった。人間ふたりは無理なのだ。すぐにケインの足が床に着いた。
「ローラを離せ!」
自らの体重をかけるように、グンと、ケインはローラの足を引っ張った。ジャイアント・バットの体勢が崩れる。そのまま大きく左に傾き、下水道の壁に激突した。
「きゃっ!」
その衝撃で、ジャイアント・バットはローラを離した。落下するローラ。それをケインは、慌てて抱きかかえた。
「とっ、とととととっ!」
ケインとローラはもつれ合うようにして倒れ、転がった。あまり高くなかったおかげで、落下のダメージはそんなにはないが、それでも硬い石畳の上だ。身体のあちこちをすりむいた。
「たーぁ、あの野郎! ──おい、ローラ。大丈夫か!?」
床に横たわるローラをケインは心配した。ローラは右手を力なく上げる。
「だ……大丈夫……です……」
言葉とは裏腹に、声は弱々しいものだった。上げた右手もすぐにパタリと倒れる。
ケインは怒りを沸々とさせた。
「許せねえ!」
ケインは立ち上がると、腰の剣を抜いた。素早くジャイアント・バットの姿を捜す。
ジャイアント・バットは、まだ獲物の捕獲をあきらめていないらしく、天井の高いところを旋回していた。さすがにケインの剣は届かない。
「コラ! 降りてきやがれ!」
こんなにもケインが怒りをあらわにしたのは初めてだった。いつもなら飄々と剣を振るっているはずだ。しかし、今日ばかりはローラを傷つけられ、完全に頭に来ている。
「キキィィィィィィッ!」
ジャイアント・バットが鳴き声を発した。そして旋回から降下へと移る。ケインは剣を身構えた。
「そりゃああああああっ!」
剣が届く高さへ来たら斬ろうとしたケインであったが、ジャイアント・バットの方が一枚上手だった。ギリギリのところで降下を中断し、やや力が入りすぎたケインの斬撃をかわす。ケインは不覚にも空振りしてしまった。
その直後、ジャイアント・バットが再降下した。ケインの頭部を狙って、爪が立てられようとする。いわばフェイント攻撃だ。
しかし、ケインの反射神経もずば抜けたものだった。そのフェイントを見切るや、紙一重で、ジャイアント・バットの爪を屈むようにして避けてみせる。そのまま前転し、体勢を整えた。
再びジャイアント・バットは空中に舞い上がった。これでまた、ケインの剣は届かない。事態は膠着状態に陥るかと思われた。
「チクショウ、何か飛び道具があれば……。そうだ!」
ケインの頭に、あるアイディアがひらめいた。早速、ジャイアント・バットを無視して、準備に取りかかる。もちろん、ケインが何をしようとしているのか、ジャイアント・バットに分かるはずもない。それにしても大胆不敵な行為だ。
こちらへの注意が逸れたと見たジャイアント・バットは、ケインの背後から強襲をかけた。それにケインが気づく。
「喰らえ!」
振り向くのと同時に、ケインは手にしていた剣をジャイアント・バットに投げつけた。空中の敵に、とうとう業を煮やしたか。
意表を突いた攻撃ではあったが、ジャイアント・バットは巧みな飛行でそれを回避した。ケインの剣がジャイアント・バットの横をかすめて飛んでいく。これで武器はなくなってしまった。万事休すか。ジャイアント・バットの爪が無情にも至近距離に迫った。
だが、不敵な笑みを浮かべたのはケインの方だった。
「かかったな」
ケインは、クン、と左手を引いた。そこに握られていたものはズボンから外したベルト。さらに、その先に結びつけられていたものは──
放り投げられたはずの剣がケインの手元へと戻ってきた。それこそケインが細工していたもの。ジャイアント・バットの顔が引きつったように見えたのは、決して錯覚ではなかっただろう。
「これで最後だ!」
ケインの剣が一閃した。それは鮮やかにジャイアント・バットの羽根を切断し、その切っ先は胴体にまで及ぶ。コントロールを失ったジャイアント・バットは、一旦、上昇しかけたが、すぐに力尽きたように流れる下水の上に落ちた。
ジャイアント・バットの死体は、すぐに見えなくなった。それよりも気がかりなのはローラだ。ケインはローラに駆け寄った。
「ローラ!」
ケインの呼びかけに、ローラは反応しなかった。落下による負傷よりは、高熱の影響の方が大きいに違いない。ケインは引き返す決意をした。
「そこにいるのは誰!?」
聞き覚えのある声がして、ケインは振り返った。暗がりから相手の顔が少しずつ見えてくる。両者とも、驚いた。
「アン!」
「ケイン?」
それはジャイアント・ラットを退治し、来た道を引き返す途中のアンだった。そのアンはといえば、こんなところでケインと出くわしたことに仰天といった様子だ。
「なぜ、あんたが……?」
「ローラがなぁ──」
そこで初めて、アンはケインの腕に抱かれたローラに気づいた。この一帯を照らしているのは、ローラの身体であることに、二度、驚く。
「どうして!? どうしてローラが!?」
アンはぐったりとしているローラに駆け寄った。その身体に触れた途端、あまりの熱さに手を引っ込めそうになる。ローラにはすでに意識がないようだった。
「お前が勝手な行動をするから、ローラがオレに助けを求めたんだ。そして、こんな体にもかかわらず、自分も捜すのを手伝うと言って──」
ケインは単独行動をとったアンを殴ってやろうかと思った。女性を殴ったことは一度もないが、こんなにもローラを心配させた責任は重い。
ところが、そのケインの手は振り上げようとして止められた。間近で、あられもない姿のアンを見てしまったからだ。
アンの服が、胸元からヘソにかけて、大きく裂けていた。ジャイアント・ラットの攻撃を避け損なったときにできたものだ。そこから盛り上がった双丘がこぼれそうなくらい覗いている。きっと、このまま成長すれば、母親のドナをも凌ぐ逸品になるだろうと、そんな想像が出来た。
ごくっ、と喉を鳴らすケインの釘付けな視線にアンは気づいた。同時に、ベルトを外したせいでズボンが脱げかかっている下半身にも。
アンの顔が見る見るうちに真っ赤になっていった。慌てて胸を隠す。
「キャアアアアアッ、このスケベ! 変態! 色魔!」
バキッ!
アンの絶叫が地下下水道にこだまし、ケインに制裁の鉄拳が飛んだ。すっかりアンの胸に見とれていたケインは、昨夜に引き続き避けられず、またしても青痣を作る羽目になるのだった。
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