←前頁]  [RED文庫]  [「勇者ラディウス」TOP]  [新・読書感想文


勇者ラディウスの墓標

−12−

 戦いは再開された。
 マザー・ジャクリーンの黒魔術<ダーク・ロアー>によって、意識を失いながらも操り人形と化したケイトが、アンに向って鋭い手刀を振り下ろした。わずかにアンの反応が遅れる。その身体を押しのけるようにして、シスター・マチルダが盾になった。
「しっかりなさい、ミス・アン!」
 ケイトの攻撃を受け止めながら、シスター・マチルダはアンを叱咤した。戦いに集中しなくてはならないことくらいアンも分かっている。だが、相手は親友のケイトなのだ。操られている彼女と、とても戦うことなどできない。
 そんなアンの躊躇を見て取ったか、マザー・ジャクリーンは相手をシスター・マチルダ一人と判断した。
「ラッカー!」
 ケイトと戦っているシスター・マチルダに《気弾》が撃ち込まれた。さすがのシスター・マチルダもこれには堪らない。わずかに身を折ったところへ、今度はケイトの回し蹴りが側頭部に直撃した。
「シスター・マチルダ!」
 倒れ込んだシスター・マチルダにアンは駆け寄った。シスター・マチルダがやられたところを見るなんて、アンには初めての経験だ。シスター・マチルダは倒れた拍子に頭を打ったのか、流血しているようだった。
 そのシスター・マチルダにトドメを刺すべく、ケイトが右足を振り上げていた。このまま急所を踏み潰すつもりだ。アンはとっさに飛びかかった。
「やめて、ケイト!」
 アンはケイトに抱きつくようにして、その動きを封じようとした。だが、ケイトはそれに抗おうとする。アンは必死に腕に力を込めた。
「お願いよ、ケイト! 目を覚まして!」
「そんなことをしてもムダです」
 マザー・ジャクリーンはアンに向って腕を突き出した。魔法を使う気だ。動けない今、アンは格好の標的である。
 アンは何があってもケイトを離さないと覚悟しながら、目を閉じた。
「おおっと! もう一人、忘れちゃいませんかね?」
 すっかりとその存在を忘れられていたケインが、いつの間にやら、素早くマザー・ジャクリーンの近くまで移動していた。その手には武器となる長剣<ロング・ソード>。切っ先はマザー・ジャクリーンの喉元へ向けられていた。
「その剣は……?」
 のけ反るようにして硬直しながら、マザー・ジャクリーンはケインの持つ剣を信じられないような目で見つめた。
 ケインはニヤリと笑った。
「ああ、これ? 運よく、そこに落ちていたんでな。ちっと錆びてはいるが、まだ使えると思うぜ。何なら、あんたの体で切れ味を試してみようか?」
 言葉はソフトだが、明らかに脅しだった。さすがのマザー・ジャクリーンも武器を向けられては観念するしかない。なぜならば、マザー・ジャクリーンは魔法に長けていても、シスター・マチルダのような体術は修得していなかったのである。
 ふっと、操られていたケイトの身体から力が抜け、抱きしめていたアンは慌てて支えてやらなければならなかった。倒れていたシスター・マチルダも頭を押さえながら立ちあがる。見た目ほど、ダメージは負っていないようだ。
「まったく、今まで何をやってたのよ!?」
 おいしいところだけかっさらっていったケインに、アンは抗議の声をあげた。これで事件は解決だが、面白くない結末だ。
 ケインは肩をすくめ、
「いや、この人の魔法でオレの剣が使い物にならなくなったからどうしようかと思っていたら、そこに偶然、ホトケさんがいてさ」
「ホトケさん?」
 後ろを振り返ると、確かに通路の端に横たわった死体があった。最初にマザー・ジャクリーンへ仕掛けようとしたとき、ケインがつまずいて不意討ちが台無しになったのは、この死体が倒れていたせいだ。アンが持ったままだったロウソクに、シスター・マチルダからの協力を受けて火を灯すと、その死体の有様に目を見開く。
「ちょ、ちょっと、これ! 近衛騎士団の鎧じゃないの!?」
「そうなのか? オレにはよく分からないが」
 流れ者のケインは呑気なものだ。
「まさか、この人もマザーの犠牲に?」
「いいえ。この遺体の腐乱具合からして、かなり前のものでしょう」
 同じように死体のそばで観察したシスター・マチルダがアンの発言に反論した。アンはギャフンとなる。それでも不思議だった。
「でも、どうしてこんなところで近衛騎士団の騎士が?」
「さあ、それはオレにも何とも。しかし、この剣には――」
 そこまで言いかけて、なぜかケインは絶句したようになった。その様子を見て、アンが訝る。先を促した。
「何よ?」
「この剣には“ラディウス”って名前が彫ってある……」
「ラディウス!?」
 アンは素っ頓狂な声をあげて驚き、騎士の骸を、もう一度、見直してしまった。目を激しくしばたかせる。
「じゃあ、もしかして、この人が勇者ラディウス!? ここで勇者ラディウスは死んだってゆーワケ!?」
「そう興奮するなよ」
 唾まで飛んできそうなアンの勢いに、ケインは顔をしかめた。
「だって、これがもしも本物の勇者ラディウスだったら、私たち、大変な発見をしたことになるのよ!」
「そうかぁ? オレは単純に同じ名前を持ったヤツがここで死んだだけのことだと思うがなぁ。大体、何で勇者ラディウスがカリーン王国の近衛騎士団なんかに入ってたんだよ? おかしくねえか? まあ、こんなところで死んだ理由は分からねえが、別人である可能性の方が高いと思うぜ」
 そう言われてしまうと、アンの興奮もクールダウンしていった。言われてみれば、そんな偶然があろうはずがない。伝説上の勇者ラディウス。その生死は未だ謎に包まれている。
「この騎士の遺体のことは官憲にでも知らせることにして、私たちも戻りましょう。――マザー・ジャクリーン。あなたには然るべき裁きを受けていただきます。よろしいですね?」
「是非もありません」
 気絶したままのケイトはアンを背負っていくことにし、一行は来た道を戻るよりも、ここまで来たのなら下水道の出口へ出た方が早いだろうと判断し、先へ進むことにした。ところが――
「その娘だけでも置いて行ってもらおうか」
 その前方より男の声がした。すがめて見る一行。いつの間に現れたのか、それとも少し前からそこにいたのか。暗闇に溶け込むようにして立つローブ姿の男に、ケインとアンは揃って眉を吊り上げた。
「ジャローム!」
 相変わらず人相はフードの影に隠されていたが、それは紛れもなく、これまで数々の事件に関与してきた謎の魔術師ジャロームであった。
「また会ったな、小僧」
 再会を喜んでいるわけでもなさそうに、ジャロームは言った。そして、その目はケインからマザー・ジャクリーンに向けられる。
「やはり、あなたに仕事を頼んだのは失敗だったようだな」
「………」
 マザー・ジャクリーンは黙ったままだった。代わりにアンが口を挟む。
「マザーにケイトを誘拐させたのは、アンタだったの!?」
「そうとも言えるし、マザー・ジャクリーンが望んだことでもある」
「メリーは!? シスター・メリーはどうしたの!? アンタ、知っているんでしょ!?」
「ああ、あの不運な少女のことか。あれはガデス殿に任せた」
「ガデス――! あの、にせラディウスね!」
「そんなことより、そちらのシスターを渡してもらおう。せっかく見つけ出した聖王家の血筋だからな」
「ふざけないで! 誰がアンタなんかに!」
 アンはジャロームの要求を突っぱねた。ジャロームのローブの袖から腕が現れる。
「ならば仕方ない。ここは力ずくでも――ヴィド・ブライム!」
 ジャロームが呪文を唱えると、大きな火球が膨れあがった。それは下水道の中を赤々と照らし出す。離れていても、その熱風を感じ取ることができた。
「まずい、ファイヤー・ボール――!」
「逃げるのです!」
「そうはいかぬ」
 無情にもファイヤー・ボールが一行に向けて発射された。これを抵抗<レジスト>することなど不可能に思える。誰もが絶望を覚えた。
 そのとき――
「何を――!?」
 突然、連行されようとしていたマザー・ジャクリーンがケインを突き飛ばすと、踵を返して走り出した。ジャロームが撃ったファイヤー・ボールの方へ。
「私の目の前で彼女たちをやらせません!」
 マザー・ジャクリーンはファイヤー・ボールに身を投げ出した。巨大な火球は爆発を起こし、その爆風が下水道を駆け抜ける。ケインやアンたちは吹き飛ばされ、通路に倒れ込んだ。
 一行が身を起こすと、まず黒焦げになったマザー・ジャクリーンが目に入った。多分、生きてはいないだろう。マザー・ジャクリーンは最後の最後でアンたちを守ったのだ。
「死ぬ間際になって改心したか」
 ジャロームは呟くように言った。その魔術師に、ケインとアンは憎悪に満ちた目を向ける。この事件の黒幕を許すことはできなかった。
「そこを動くな。オレがぶった斬ってやる!」
「よくもマザーを! この外道!」
「憎め! もっと憎め! この私を殺したほど憎め!」
 ジャロームは嘲弄した。さらに挑発されて、ケインとアンは今にも飛びかかって行きそうになる。
 すると、新たな呪文が聞こえた。
「モーツ!」
 魔法を使ったのはシスター・マチルダだった。ジャロームの哄笑が不意に途切れる。その異変にジャロームはわずかにうろたえた。
「彼奴の魔法は封じたわ」
 シスター・マチルダの言葉を聞き、ケインとアンは弾かれたように襲いかかって行った。狙うはジャロームの首ただひとつ。
「覚悟しろ、この野郎!」
「懺悔したって許さない! マザーの仇!」
 魔法を封じられてはジャロームに勝ち目はない。ジャロームは懐からインクの小瓶のようなものを取り出すと、それを自分に振りかけた。
 黒い液体は暗闇とジャロームの姿を同化させた。ジャロームが消えていく。姿がなくなってから、ケインとアンはそれぞれ剣と拳を振るったが、いずれも空振りに終わった。
「また逃がしたか……」
「チクショウ……チクショウ!」
 怒りが治まらないアンは拳を壁のレンガに叩きつけることしかできなかった。


<Fin>



←前頁]  [RED文庫]  [「勇者ラディウス」TOP]  [新・読書感想文