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勇者ラディウスの遺志

−1−

 どうしてこうなってしまったのか。
 メリーは自分の身に降りかかった不幸を思い、また涙してしまった。
 よもや、外の世界と隔絶された修道院から何者かによってさらわれるとは、夢にも思わなかったことである。その夜、メリーは他の修道女<シスター>たちが寝静まったのを見計らって、一人、礼拝堂へ忍び込もうとした。故郷の父、ネイサンが病気にかかったという知らせが届いたため、元気になるよう、創造母神アイリスに祈りを捧げようとしたのである。
 ところが、その途中、メリーは不審な人影を発見し、礼拝堂の中へ消えて行くのを目撃してしまった。今にして思えば、どうしてそのとき、後を追うような真似をせず、指導役のシスター・マチルダやメリーが日頃から慕うシスター・ケイトに知らせなかったのか。無謀にも不審者を追って、礼拝堂の中へ入ったメリーは、魔法によって気絶させられてしまった。
 不幸中の幸いと呼ぶべきか、メリーはその場で殺されなかった。気絶している間に運ばれたようで、今、メリーがいるのは地下の倉庫のようなところだ。あれから何日が経過したのか分からない。ひとつしかない頑丈な扉には鍵がかけられ、メリーがいくら大きな声で助けを呼んでも、誰一人として来る様子はなかった。
「私、どうなってしまうのだろう……」
 まだ十二歳の少女に過ぎないメリーは、己にのしかかる不安に押し潰されそうになっていた。
 閉じ込められた地下倉庫は、すでに放棄されたらしく、がらんとしていて、薄ら寒い。床にじっと座っていると、身体が冷えてしまいそうだった。
 このまま水や食料の差し入れもなかったら、やがて衰弱して死んでしまうのではなかろうか。メリーはすべてにおいて絶望しかけていた。
 そこへ、ここに閉じ込められてから初めての出来事が起きた。鍵が外された音がし、開いた扉から光が差し込んだのだ。
「助けて!」
 メリーは出口へ走った。ここから出してもらえるなら、何でもするつもりだった。
 ところが部屋に入ってきたのは、一人の少女だった。入ってきたというよりも、押し込まれたといった方が正しい。事実、少女は足をもつれさせ、床に倒れ込んだ。
 少女を連れてきた男のシルエットが見えたのは一瞬。メリーの存在など無視し、すぐに扉を閉めてしまった。再び施錠する音が無情に響く。
 メリーは、ようやく訪れたと思った出る機会を呆気なく逸し、ショックにうちひしがれた。だから、すぐにはメリーと同様にさらわれてきたと思われる少女に対し、何の気遣いも見せられなかったのは仕方がなかったかもしれない。
 倒れ込んでいた少女は、男の足音が遠ざかってから身を起こした。
「ここにいるのは、あなただけ?」
 町娘らしい少女は、メリーに話しかけた。怖い目に遭っているというのに、口調はしっかりとしている。メリーは自分よりもいくらか年上らしい少女にうなずいた。
「その格好は、修道院の娘? どうして、あなたのような娘が。――まあ、今はどうでもいい話ね」
 少女は立ち上がると、服の汚れを手で払い落した。そして、分厚い扉を一瞥する。
「とにかく、ここを出ましょう。事情はそれから聞くから」
 はっきりとそう言う少女に、メリーは戸惑った。何を言っているんだろう。ここを出るですって? どうやって?
「タンドレイ」
 少女が聞き慣れぬ単語を発するや、その姿が変じた。メリーは驚きに、声も出なくなる。
 それはすでに十代の少女ではなく、大人の女性だった。白を基調にした軽装の旅装束と純白のマント。髪は豊かなブロンドで、得も言われぬ気品を漂わせている。すぐに美人を想像したが、残念ながら目元は金属製の仮面で隠されており、素顔は窺えなかった。
 仮面の女はメリーに艶然と微笑むと、扉と対峙した。魔法が使えれば、鍵など簡単に解除できる。
「アンス」
 カチャリ、と呆気なく鍵が外れると、仮面の女は扉を薄く開け、外の様子を探った。
「大丈夫。着いて来て」
 仮面の女に言われ、メリーは従った。まさか、さらわれてきたはずの少女が実は仮面の魔法使いで、自分をここから助け出そうとしているとは。思いもよらぬ事態の急変に、メリーは質問することすら忘れた。
 倉庫を出ると、上に通じる階段があった。きっと上には見張りがいるだろう。のこのこ登って行けば捕まってしまう。
 仮面の女は階段を見上げ、思いもよらぬ行動に出た。
「ねえ、そこに誰かいらっしゃる?」
 これから逃げようというのに、わざわざ声をかけたのだ。メリーはさっきから仰天させられっぱなしだった。
「ぬ?」
 見張りらしき男が階段を覗き込んだ。仮面の女は楽しげに、「はぁい」などと手を振って見せる。当然、見張りの男はギョッとした。
「だ、誰だ、貴様ぁ!?」
 見知らぬ仮面の女がいきなり地下から現れたのを見て、見張りの男は泡を食った。慌てて腰から短剣<ショート・ソード>を抜くと、階段を下りようとする。今度こそ殺されてしまうのか。メリーは恐怖に身を硬くする。しかし、仮面の女は平然としていた。
「とりあえず一人か。よし。――ディロ!」
 仮面の女から光の矢が飛んだ。マジック・ミサイルだ。それはメリーが気絶させられたのと同じ魔法だった。
 マジック・ミサイルは下りようとしていた男を直撃した。男は身体をくの字に折ると、そのまま階段を転がり落ちる。足下で男が伸びたのを確認し、メリーたちは階段を上がった。
「早く!」
 一階は何かの店舗のようだった。すでに廃業したらしく、どんな店だったか分からない。仮面の女はメリーの手を引き、出口へと走った。
 ドアノブに手をかけかけた仮面の女は、突然、何かの危険を察知したかのごとく、急に身をひるがえした。次の刹那、ドアに一本の矢が突き刺さる。あのままドアノブをつかめば、腕を射抜かれていただろう。
「おっと、そこまでだ」
 いつの間にか二階から男たちが下りてきていた。先頭の男が持っているのはクロスボウだ。すでに次の矢が装填されている。
「どこから入り込んだネズミか知らねえが、ウチの大事な商品を盗もうってのか?」
 クロスボウの男が仮面の女に狙いを定めながら言った。他の男たちは手に短剣<ショート・ソード>を握っている。総勢で四名だ。
 メリーを自分の背中に守りながら、仮面の女魔法使いは逆転のチャンスを窺った。
「盗むってのは違うわね。私は彼女を元の居場所に帰してあげるつもりよ」
「こっちはその娘を高い金を払って買ったんだ。勝手なことをされちゃ、たまらんな」
「ベギラの娼館にでも売るつもりだったかしら。お生憎さま」
「おっと、動くなよ。オレのクロスボウがしっかりとお前さんの心臓を狙っているぜ。――おい、その女をひっ捕えろ! 傷物にはするなよ。その仮面を剥いで、ツラを拝んでやれ。オレはかなりの上玉じゃねえかと踏んでいるんだ」
「へい」
 クロスボウの男の命令で、他の男たちが動いた。頼りの魔法もクロスボウより速く発動することはできない。メリーは背中に隠れながら、白いマントを握りしめた。
 そのとき――
 いきなり店のドアが蹴破られた。そこに立っていたのは一人の女剣士。左右それぞれに幅広の剣<ブロードソード>を手にしていた。
「やっと出番みたいだな、ヴァルキリー」
 二刀流の女剣士は仮面の魔女にウインクした。ヴァルキリー。戦乙女をあらわすその名が、仮面の魔女の呼び名のようだ。
「……どうやら、早く暴れたくて、しびれを切らしていたみたいね」
 窮地に陥った状況にもかかわらず、ヴァルキリーは呆れ返ったような口調で喋った。すると二刀流の女剣士はニヤリとする。
「分かっているじゃねえか」
 女性としては、いささかぞんざいな口のきき方をしつつ、剣を悪党どもに向けた。「さあ、遠慮はいらねえ。かかってきな!」
 クロスボウの男は、突如として現れた敵の援軍にひるみかけたが、それが女剣士ただ一人に過ぎぬと知るや、応戦を決めた。しかも、女のクセにやけに重そうな幅広の剣<ブロードソード>を二本持っているのだ。どちらかというと華奢にも見える体格からしても、二本の幅広の剣<ブロードソード>を扱い切れるとは思えない。
「また極上の女がのこのことやって来たな。今日はツイているぜ。どれ、少し痛めつけてやろうか!」
「あら、残念。今日はアンタたちにとって厄日よ。外の空気が吸えるのも今夜が最後になるから、そのつもりで」
「面白い。気の強い女は嫌いじゃないぜ。ただ、どこまで、その虚勢が張れるかな?」
 手下の男たちは、一斉に女戦士へ襲いかかった。ヴァルキリーには、ずっとクロスボウがロックオンしたままだ。
 女剣士は戦える悦びに嬉々とした。
「行くわよ、《エンジェル・フェザー》!」
 剣を持ったまま両手を広げ、女剣士は跳躍した。床を軽く蹴ったにもかかわらず、女剣士の身体はふわりと浮く。斬りかかろうとしていた男たちの頭上を飛び越えた。
「なにぃ!?」
 驚愕したのも束の間、降り立った女剣士は振り向きざまに二本の剣を振るった。女の細腕とは思えぬほど、幅広の剣<ブロードソード>を自在に操る。あっという間に背後を取られた三人の悪党どもは反撃もできぬまま斬り捨てられた。
「バカな! くっ!」
 女と思って侮っていたクロスボウの男は、手下を失い、すぐさま狙いを女剣士へと変えた。もちろん、それを見逃すヴァルキリーではない。
「あとはお前だけだ!」
 女剣士は自分にクロスボウを向けられてもひるむことなく、正面から斬りかかった。男はクロスボウを発射する。
「ヴァイツァー!」
 その刹那、突風が男に吹きつけた。ヴァルキリーによる魔法の効果だ。
 発射された矢は強風にあおられ、逆に男の肩に突き刺さった。男の手からクロスボウが落ちる。拾おうとした瞬間、女剣士の幅広の剣<ブロードソード>が首筋に当てられた。
「はい、終わり」
 男は観念し、両手を挙げるしかなかった。
 それを見届けたメリーは、ようやく自分が助かったのだと安心し、気を失ってしまった。


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