←前頁]  [RED文庫]  [「勇者ラディウス」TOP]  [新・読書感想文


【最新作】

勇者ラディウスの遺志

−4−

 ローラは賑やかな声を聞いたような気がして、目が覚めた。
 自室は真っ暗で、まだ夜だというのが分かる。空耳かと思われた声は、確かに客間の方から聞こえた。どうやら、こんな遅くに来客らしい。
 ローラはベッドから身体を起こした。今日は朝から体調が優れず、ずっと部屋のベッドの上で過ごしていたローラである。昨夜、修道院に忍び込んだケインとアンの帰りをずっと塀の外で待っていたので、その疲労が堪えたのかもしれない。こうしてローラが寝ている間にも、事態はいろいろとにせラディウスのガデスや魔術師のジェロームの件で動いている。二人が大変な事件に巻き込まれていることを思うと、自分一人が休んでしまい、ケインやアンに申し訳ない気持ちがした。
 夕方、ひと眠りする前に、行方不明だったシスター・メリーが無事に保護されたというニュースをアンから聞いていた。これで、とりあえず修道院で起きた失踪事件は解決したことになる。
 一方で、その犯人がアンのかつての師、マザー・ジャクリーンであったことは、彼女の心に痛手を残したことになるだろう。ローラには、アンがそれをあまり考えないようにし、努めて明るく振る舞おうとしているのが分かり、気の毒になった。
 ローラは、またベッドに横たわる気分にもなれず、そっと部屋の外の様子を窺った。立ちあがってみたが、いくらか体調は回復しているようだ。足もふらつくことなく、試しに部屋から廊下へ出てみた。
 廊下に出ると、客間での会話がもっと明瞭に聞こえてきた。客人は女性のようである。それも二人。
「――近衛騎士の死体を見つけたそうだな?」
 面識のない客人の言葉に、ローラはドキリとした。その話は、やはりアンから聞かされている。
 昨夜、ケインたちは地下下水道でジャロームと戦い、そこでかなり前に死んだと思われる近衛騎士の死体を見つけたそうだ。アンは、そのことをその日のうちに衛兵の詰め所へ届け出ていた。
「近くには『ラディウス』って名前が彫られた剣も落ちていた。まさか、伝説の勇者ラディウスじゃないだろうって話してたけど」
 こちらはケインの声。『ラディウス』という名は、この世界では老若男女どころか、まだ喋りもしない赤ん坊でも知っていると言われている。伝説の勇者にあやかり、わざわざ子供に『ラディウス』という名前をつけることも少なくない。
 ラディウスの死体について聞かされたとき、ローラはひどくショックを覚えた。なぜだかはよく分からない。ただ、このところローラは、いくつかの事件で勇者ラディウスの話題に触れる度、何か心に引っかかるというか、惹かれるものを感じていた。
 それがローラの失われた記憶にどう関係するのか。相変わらず、街で倒れていたところをアンに助けられた以前の記憶は戻っていない。しかし、断片的なものはあった。暗い部屋にいた記憶。差し延べられた大きく温かい手の感触――
 そういったイメージは、急に聖魔術<ホーリー・マジック>を使えるようになってから甦ったものだ。ローラ本人も何がそういったもののきっかけだったのか、思い当たるものがない。だが、ずっと記憶を取り戻したいと思っていたのに、あれからは恐ろしいものを思い出すような気がして、怖いという気持ちが不思議と湧きあがるようになっていた。
 自分とラディウスは、何か関係があるのではないか。最近、ローラはそんなことばかりを考えてしまう。
 しかし、勇者ラディウスは伝説上の人物で、実在したかどうかさえ不明だ。そんな伝説の勇者とローラに接点があったはずがない。とすれば、あと考えられるのは、同じ『ラディウス』という名を持つ人物をどこかで知っている、ということだ。伝説の勇者にあやかり、ラディウスと名付けられた子供は多い。たまたま、ローラはその勇者の同名と知り合いであったとすれば、それが記憶の奥底に触れているのかもしれない。
 また、同じ凄腕の剣士という共通点があるせいか、ローラは勇者ラディウスとケインに、奇妙な符号があるように感じていた。それも直感的なものであって、何ら根拠はない。ケインと接していると、何となく懐かしく、安心できるということだけは確かであった。
「どうやら、間違いないみたいだな」
 会話は続いていた。どうやら客人たちは、死んでいた近衛騎士ラディウスのことを訊ねに来たようである。しかし、近衛騎士の関係者にしては、女性二人だけというのもおかしい。ローラは疑問に思った。
「その死体のことを衛兵に報告しましたけど、それが何か……?」
 こちらはアンの声。いささか緊張しているみたいだ。
「その伝説の勇者と同じ名を持った近衛騎士は、事件を起こしたバドを追跡したあと、ずっと消息を絶っていたのだ」
(バド――!?)
 その名を聞いたとき、突然、ローラは頭痛がした。あまりの痛みに、しゃがみ込んでしまう。
(何……!? 私は、バドという名前に聞き覚えがある……どうして……!? 思い出そうとすると、頭が……)
 ローラは悲鳴を必死に押し殺した。誰にも知られないように。ただひたすら、頭痛のうずきに耐えた。



 アンジェリカ王女から告げられた新たな事実を、アンやケインたちはよく咀嚼して呑み込もうとした。
 ジャロームと戦った下水道から発見された死体が、何らかの事件を起こして姿を消したという元宮廷魔術師のバドを追っていた近衛騎士のラディウスだった――
 とすると、やはりジャロームとアンジェリカ王女が追うバドという男は、同一人物のように思えてくる。両者に共通するのは下水道だ。
 これまでもケインたちは、下水道でジャロームと戦ったことがある。街をおおっぴらに歩けない悪党が人目につかない地下の下水道に、頻繁に出入りしているのは間違いないだろう。
「ジャロームという魔術師は、邪教徒でもあるようでした。バドという男もそうなのですか?」
「そうだ。それを見抜けずに、宮廷魔術師に取り立てたのは王宮の失態だがな。これが知られれば、隣国からも笑われるだろう。――いや、面子の問題ではない。ヤツの悪事を放っておくことは、さらなる災いを呼び起こす。だからこそ、何としても捕らえねばならない。私はこの一年、ヤツの行方を捜している」
「一年も……」
 アンジェリカ王女の執念に、アンは息を呑んだ。
「だから、少しでも手掛かりが欲しい。何か心当たりはないだろうか?」
「心当たりねえ……そう言われても……」
 ケインは腕を組んで、考え込んだ。
 ヴァルキリーが言う。
「こちらも怪しいと思われる組織をしらみつぶしにしていますが。昨晩、壊滅させた人身売買組織も、接触した痕跡はありましたが、直接の繋がりはありませんでしたし」
「え? 人身売買?」
 アンは聞き覚えがあったので、ヴァルキリーに問い返した。
「このラーズの街で、何か怪しい動きを見せている連中がいないか、裏社会に潜り込んで調べていました」
「裏社会に!?」
「そんなに驚かないでください。お考えになっているほど、それほど難しいことではありません。私は魔術師です。魔法を使えば、姿を消すことも出来るし、誰にでも化けることも可能なのですから」
「なるほど。そうすれば、盗賊ギルドなんかとも接触できるわけですね」
「便利ねえ」
 アンの横で、ドナがうらやましそうに呟いた。そんな魔法があれば、トラブル・シューターの仕事に役立つとでも想像したのだろう。実際、国家レベルでも魔法を修得した間諜を育成しているという噂を耳にする。
「昨晩、壊滅させた一味は、その中で怪しいと睨んだ組織でした」
「結局、空振りだったけど」
 アンジェリカ王女は肩をすくめて見せた。ところが、ヴァルキリーは冷やかな視線を送る。
「どちら様でしたっけ? その連中を痛めつけて、嬉々とされていた方は?」
「うぐっ!」
 横腹でも突かれたみたいに、アンジェリカ王女は言葉を詰まらせた。
「あのぉ、ひょっとして、シスター・メリーを助け出してくれたのって……?」
 アンはようやく構図が見えてきた。
「シスター・メリー? ああ、あの修道女<シスター>見習いの娘か。いかにも、助け出したのは私たちだ」
 事もなげに、アンジェリカ王女は認めた。するとアンは感激し、思わず王女の手を握る。
「ありがとうございます、王女様! 本当にありがとうございます! 彼女がどうなったのか、ずっと心配していたんです!」
 事もあろうに王女の手を勝手に握るという無礼も忘れ、アンは何度も感謝した。
「分かった、分かった。そう強く握ってくれるな」
 いつもの調子でアンが握ったので、アンジェリカ王女は顔をしかめた。ハッとしたアンは、自らの失態に赤面し、慌てて離れる。
「も、申し訳ありません! どうぞ、お許しください!」
 喜んだと思ったら、今度は平身低頭で平謝りし、とにかく忙しいアンであった。
「――まあ、それはともかく、ひとつ思い出したことがあるんだが」
 騒ぎをいなしたのはケインだった。
「それは?」
「いや、以前、地下下水道に隠し部屋みたいなのを見つけたことがあって」
 ケインは下水道を探索したときのことを思い出していた。すると、アンジェリカがアンのことも忘れ、物凄い勢いで食いついて来る。
「それだ! そここそがアジトに違いない! 早速、案内してくれ!」
 カリーン王国の王女に迫られ、ケインはたじたじとなった。名前もそうだが、何となく、アンと似ている、という気がしてくる。
「今からですか!?」
 外は当然ながら真っ暗だ。善は急げとは言うものの、昼間まで待ってもいいのではないかとケインは思う。
「申し訳ありませんが、姫は昼間、外を出歩けません。自由に動き回れるのは夜だけなのです」
「あっ」
 ヴァルキリーが王女を代弁するのを聞いて、ケインはそうだったと気づいた。
 本音を言えば、昨夜もほとんど徹夜だったので、さすがに今晩は勘弁してほしいと思ったのだが、いかなケインでもアンジェリカ王女の頼みを無碍に断れなかった。
「……分かったよ。案内する。でも、ひとつだけ聞かせてくれ」
「何だ?」
「王宮での事件が絡んでいるのは分かった。それが何かは聞かない。しかし、王女自らが、そのバドという魔術師を追わなきゃいけない理由があるのか? 極秘裏に物事を進めたい事情は分かるが、オレは王女さまが危険に飛び込むより、部下に捜査させた方が安全だと思うんだが」
 単なる冒険心を満たすための捜査なら、ケインは協力をやめようと思った。いくら一庶民とはいえ、じゃじゃ馬王女の娯楽に付き合う義理はない。
 しかし、アンジェリカの答えは違ったものだった。
「これは我が王家に関わる問題だ。だからこそ、その決着は王の娘である私がつけねばならないと考えている」
 答えたアンジェリカの表情はこれまで以上に真剣だった。


<つづく>


←前頁]  [RED文庫]  [「勇者ラディウス」TOP]  [新・読書感想文