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勇者ラディウスの遺志

−3−

 シスター・マチルダの言った通り、夜になってからアンのところへ来客があった。ただし、衛兵などではない。女性の二人組だった
 どちらも地味な外套を羽織り、フードを目深にかぶっていた。衛兵ではなかったので、出迎えたアンの母であるドナは、仕事の依頼人かと勘違いしてしまったようである。ドナは、娘のアンと記憶喪失の少女ローラ、そして流れ者の剣士ケインとで、トラブル専門の何でも屋を経営していた。
「ご用件は?」
「こちらにミス・アンはご在宅ですか?」
「はい、私ですけど」
 おずおずとアンが前に出た。すると、片方がフードを取る。現れた顔を見て、ドナとアン、それに奥の部屋で様子を窺っていたケインが驚いた。
 素顔をさらしたかに思えた女性は、金属製の仮面をつけていた。輝くようなブロンドの髪が美しい。目元は仮面で隠れているが、スッとした鼻梁や艶やかな唇から想像するに、かなりの美人だと言っていいだろう。
「私はヴァルキリーと申します。旅の魔術師です」
「魔術師!?」
 それを聞いて、アンとケインが身構えた。つい、宿敵の黒魔術師<ウィザード>を連想したからだ。
「何か?」
 目の前で警戒するアンに、ヴァルキリーは不審なものを鋭く感じた。アンは慌てて、何でもないことを強調する。
「すみません。反射的に、イヤなヤツの顔を思い出したもので」
「それがあなたたちと敵対している魔術師ですか?」
「ど、どうしてそれを?」
 魔術師は相手の心の中を覗くことができる、と魔法に無知な人々の間では信じられている。アンも、どうしてヴァルキリーが、そんな言い方をしたのか怪しんだ。
「ひょっとすると、我々が追っている魔術師と同じかもしれないと思ったからです」
「あなたたちが追いかけている……」
 確かに、邪神に生け贄を捧げようなどと考える魔術師だ。ヤツを目の敵にしている人間は、アンたちの他にもいるかもしれない。
「私たちが何度も戦うことになった魔術師は、ジャロームという男です」
 アンは正直に話した。
 いきなり話がそちらへ流れたので、ケインが奥の部屋から出てきた。ジャロームには何度もひどい目に遭わされている。
「そちらは?」
「ああ、コレですか。こいつはただの居候で……」
「ケインくんって言うんですのよ。剣の腕前を買って、ウチで雇っているんです」
 アンがまともに紹介しようとしないので、代わりにドナが愛想笑いをしながら紹介した。
「アンタ、ジャロームを知っているのか?」
 ケインはヴァルキリーに訊ねた。
「ジャローム? それがその魔術師の名前ですか?」
「はい。ヤツの仲間がそう呼んでいるのを聞きました」
「ジャローム……私たちが捜している魔術師とは名前が違いますね」
 ヴァルキリーの言葉に、ケインたちは落胆した。ジャロームのことが何か分かるかもしれないと思ったからだ。
「しかし、名前は偽名かもしれません。私たちが知っている名前とあなたたちが知っている名前のどちらが本名なのかは分かりませんが」
「アンタが追っている魔術師の名は?」
「バド」
「バド……?」
「白魔術<サモン・エレメンタル>に加え、黒魔術<ダーク・ロアー>も操る、かなりの高位魔術師です」
 白魔術<サモン・エレメンタル>に黒魔術<ダーク・ロアー>。黒魔術<ダーク・ロアー>の使い手である黒魔術師<ウィザード>が希少である上に、二種類の魔法を使う魔術師は珍しい。ジェロームと重なる部分が大きかった。
「詳しく聞かせてください」
「いいでしょう」
「ちょっと待ったぁ!」
 いよいよ本題に入ろうかというところで、もう一人の客人が遮った。ヴァルキリーの連れが。
「勝手に話を進めないでちょうだい、ヴァルキリー」
「これは……申し訳ありません」
 ヴァルキリーは苦笑した。きっと、この間、自分だけ仲間外れにされたような気分を味わいながらも、喋らないように我慢していたのだろうと想像する。
「ああっ、もおっ、めんどくさっ! 正体なんて隠してらんないわ!」
 そう言うと、もう一人の客人はフードを取り去った。こちらは仮面をつけたヴァルキリーに比べると、至って普通だ。きつめの顔立ちだが、美人なのは、アンと雰囲気が似ている。
「これでよしっと!」
 素顔を明かした本人は満足げだった。だが、当然、そのあとに来るだろうと思われた反応が返って来ない。あまりにも無反応なアンたちに対し、次第に苛立ちを覚えた。
 これには、またもやヴァルキリーは苦笑を禁じ得なかった。
「どうします? 皆さんはこの顔に見覚えがないみたいですが」
 ヴァルキリーにそう言われ、もう一人の客人は顔を赤くした。恥ずかしがっているのではなく、怒りを堪えているらしい。
「いいわよ……こっちの正体を明かさなきゃ、これから協力するなんて出来ないでしょう」
「分かりました。では――皆さん、どうぞ、驚かないで聞いてください。こちらにおわす御方は、カリーン王国第三王女アンジェリカ様にございます」
 仕方なくヴァルキリーが仲立ち役を務めたが、それでもアンたちはピンと来た様子がなかった。せっかく、お忍びで訪れたアンジェリカは、自分の知名度のなさに太刀を抜きたくなる。
「アンジェリカ――!?」
「王女――!?」
「――さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 ケイン、アン、ドナの三人は、しばらく目をしばたかせていたが、ようやく、その人物が誰なのか、頭の記憶が呼び覚まされたらしい。突然、えーっ、と驚きの声をあげ、一斉にひざまずいた。
「これは、とんだ御無礼を!」
「よもや、本物の王女様とは思わず!」
「どうか、お赦し下さい!」
 ようやく平民が王女に対してふさわしい反応を見せたので、アンジェリカの機嫌は即座に直った。それを横で見ていたヴァルキリーは、笑いを堪えようとするのに必死だ。
「よいよい、私も堅苦しいのは好きではない。王女ということは忘れ、普通の客人として接してくれ」
 アンジェリカは、日頃から街を歩いているせいもあって、庶民との触れ合い方を心得ている。それに性格的にも、形式ばった王室より、ざっくばらんな関係の方が馴染む。
 とはいえ、本物の王女を前にして、そう簡単に態度を変えられるわけがない。アンは生まれてから一番だと思えるくらいに緊張した。
「お、王女様が……どうして、このような所へ?」
「だから、そんなに硬くならないでくれ」
 アンジェリカは声まで震えているアンに苦笑した。
「ジャロームの話だったな」
 三人の中で、最も早く普段通りに戻ったのはケインだった。元々、カリーン王国の生まれではないので、この国の王女と名乗られても、そんなにピンと来ていないのかもしれない。
 またタメ口に戻ったケインの頭をアンはひっぱたいた。
「こらぁ! ちょっとは遠慮した口調で喋りなさいよ!」
「いや、それではこちらが困る。どうか普通に」
 アンジェリカはアンを説得した。ヴァルキリーもうなずく。
「その通りです。皆さんにも、アンジェリカ王女はじゃじゃ馬娘だと噂が耳に入っているのではないですか? 少しくらい粗雑な口を利いても、王女は気にするような方ではありません」
「おい、ヴァルキリー。お前は少し言葉を慎め。誰が城に住まわせてやっているんだ?」
 アンジェリカはあまりにも自分を侮るヴァルキリーをジロリと睨んだ。しかし、ヴァルキリーはてんで平気だ。
「おや。私はてっきり、ギブ・アンド・テイクの対等な関係だと思っておりましたが。別に私からお願いして、アンジェリカ王女付きの侍女になりすまし、身の回りの世話までしているのではありません。私が城に忍び込んだのは、チチェスター王家に伝わる――」
「分かった、分かった。今はそういう話じゃないだろ」
「そうでしたわね」
 カリーン王国の王女と仮面の女。どうやら、この二人に主従関係はないらしい。
 二人の出会いについて興味を覚えたが、話は本題に戻された。
「とにかく、私たちはバドという魔術師を追っている。ヤツは宮廷魔術師だったのだが、その信頼を裏切って、王宮である事件を起こし、姿を消したのだ」
「ある事件? それは?」
「すまない。それは教えられぬ」
 アンジェリカは申し訳なさそうな顔をした。まあ、王族である以上、いろいろと公に出来ない事情があるのだろう。さすがのケインも、それ以上は訊かないことにした。
「とにかく、そのバドの行方を我々は追っており、水面下で情報を収集していた。そこへ、あなたたちから情報がもたらされた」
「私たちから情報が?」
 アンに心当たりはなかった。第一、今日まで王女と面識がなかったのに、情報を送ろうなどと考えつくはずがない。
「皆さんは、昨夜、地下下水道で、そのジャロームと名乗る魔術師と交戦したそうですね?」
 ヴァルキリーの目が仮面の奥で光った。
「昨夜!? 魔術師と!?」
 ドナは娘の顔を反射的に見た。シスター・メリーを助け出さんと、無断でシスター・ケイトの依頼を受けていたことは、アン、ローラ、ケインの三人の秘密だ。ドナには、まったく話していない。
「あっ、そ、その話はあとで!」
 アンは冷や汗をかきながら、ドナを黙らせた。大目玉を喰らうのは間違いなさそうだ。
「ひょっとして、ここでしてはいけない話だったかな?」
 母娘の様子から、ヴァルキリーが気遣った。といっても、すでに手遅れだが。
「構いません。確かに、私たちは昨夜、ジャロームと戦いました」
 ドナの視線が自分の後頭部に突き刺さっているのを感じながら、アンは認めた。
「そのとき、近衛騎士の死体を見つけたそうだな?」
 今度はアンジェリカの目が鋭くなっていた。どうやら、ここが核心らしい。
「近くには『ラディウス』って名前が彫られた剣も落ちていた。まさか、伝説の勇者ラディウスじゃないだろうって話してたけど」
 ケインも、そう証言する。
「どうやら、間違いないみたいだな」
 アンジェリカとヴァルキリーは、二人で顔を見合せてうなずいた。何やら確信したらしい。
「その死体のことを衛兵に報告しましたけど、それが何か……?」
 アンは真剣な表情のアンジェリカを上目遣いで窺った。すると、アンジェリカは小さく嘆息する。
「その伝説の勇者と同じ名を持った近衛騎士は、事件を起こしたバドを追跡したあと、ずっと消息を絶っていたのだ」


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