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夜の授業参観

−4−

 野崎が家に帰り着いたのは、夜の九時を回った頃だった。玄関を開けるや、妻のみさ江が慌てた様子で出てくる。なぜか喪服を着用していた。
「あなた、どこに行ってたの? 携帯電話はつながらないし、会社に電話しても定時に帰ったと言われるし」
「ああ、いや、ちょっとな」
 野崎は曖昧に言葉を濁しながら、靴を脱いで上がり込んだ。
「お義母さん、亡くなられたのよ」
 野崎の母キヌは、二週間前に石川県の実家で倒れ、そのまま意識不明に陥った。脳軟化である。先週までは野崎も妻共々、看病に行っていたのだが、どうやら長引きそうだと言うことで、叔父夫婦に後を任せ、帰ってきたばかりだった。様態は今日の夕方、悪化したらしい。ちょうど野崎がK小学校に到着した頃だろうか。
 だが、自分の母の訃報を知らされても、野崎は特に驚いた様子も悲しむ様子もなかった。そんな夫の反応に、一人焦っていた妻のみさ江は腹立たしく思えてくる。
「何よ! あなたと連絡がつかないから、今まで向こうにも行かず、待っていたんじゃない! 実の母親だってのに……あんまりよ! 冷たすぎるわ!」
「母さんとは、ちゃんと別れを済ませたさ」
 野崎はそんな妻をいなすように、穏やかに言った。みさ江はキョトンとした顔つきをして、夫の言葉の意味が分からない様子だったが、すぐにその尻を叩くようにしてせかした。
「馬鹿なこと言ってないで、早く準備して!」
「分かっているよ。まだ、最終はあるだろう」
 野崎は着替えようとネクタイを外しながら、のんびりと言った。みさ江に今日の授業参観のことを話して、理解してくれるだろうか。そんなことを考えながら。


<了>


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