それから三日後。
前代未聞の凶行に走った南早智子の姿は忽然と消えていた。神戸の銃撃を受けた後、一階の勝手口から逃亡したらしかった。現在、全国指名手配中である。
南早智子に刺された杉浦刑事と朋美は残念ながら命を落とした。痛ましいことである。
神戸刑事の傷は大事には至らず、病院において加療中だ。
奇跡的に右足首の捻挫と手のひらの裂傷だけで助かった理佳は、心配する母親の懇願により学校は休んでいたものの、比較的、元気であった。今も命の恩人である神戸刑事の見舞いに行こうとしている途中だ。
いろいろあったが、南早智子が逮捕されるのも時間の問題だろう。思えば心ないイジメから始まった事件だが、そのとばっちりを関係ない者まで受けるいわれはない。すでに当事者であった松村勲は亡く、自殺した息子、晋一も戻っては来ないのだから。
理佳はそんなことでくよくよ悩むタイプではなかった。心は、どうすればもっと神戸と親しくなるか、にかかっていた。
面食いの理佳が見ても、神戸は合格点だった。不謹慎かも知れないが、これを機に親しい関係を築いておきたいと願っている。ここは毎日のように病院へ見舞いに押し掛け、ポイントを稼いでおくべきだろう。
見舞いの花をフラワー・ショップで選んでいると、理佳の携帯電話が鳴った。
「もしもし?」
「あ! 理佳? 今、大丈夫?」
親友の石田陽子からだった。
「うん、大丈夫だよ」
同じく親友の朋美が死んでしまい、陽子の様子も心配だったのだが、割と明るい声だったので理佳は安心した。
「今、古本屋にいるんだけどさ、凄い本、見つけちゃった!」
陽子の声は興奮に弾んでいた。
「凄い本?」
理佳も調子を合わせながら尋ねる。
「ビックリするわよ! なんたって、飛田龍之介の『夢と記憶と未来とボクと』なんだから!」
その本のタイトルは理佳も知っていた。『緋色の夢』同様、飛田龍之介の初期の作品で、やはり現在は絶版になっているのだ。確か文庫本にはなってないはずで、ハード・カバーが現存するだけだ。
当然、理佳は未読であり、前々から読みたいと願っていた一冊だ。
「いいなぁ〜。読みた〜い!」
理佳は鼻にかかったような声を出した。
「えっへっへ! 私、買っちゃおーっと!」
陽子は自慢げだった。
「私にも貸してよ〜!」
「どっしよっかなぁ〜」
もったいぶったような陽子の声。それが「あれっ?」というトーンに変わる。
「ヤダ! この本、持ち主の名前が書いてあったみたい!」
陽子の言葉に、理佳は嫌な予感がした。
「な、なんて書いてあるの?」
ついつい緊張した口調で理佳は尋ねた。
「一応、消しゴムで消してはあるんだけど……ミナミ・シンイチ……かしら?」
南晋一!
理佳は思わず携帯電話を取り落としそうになった。
「よ、陽子、落ち着いて……その場を動かないで……」
「なにそれ? 新しいギャグ?」
「バカッ! と、とにかく、私が行くまで、そこで待ってて!」
「う、うん」
「どこの古本屋?」
「Y駅の前の……」
「分かった……絶対に動かないでよ!」
理佳は電話を切ると、まだ痛む右脚もいとわず、陽子が言っていた古本屋に急いだ。
息子の持ち物であった本を、まだ早智子が見つけていないことを祈りながら……。