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鏡の中の女

−1−

「ふーっ、とりあえず、こんなもんかな?」
 私は部屋をぐるりと見回すと、深く息を吐き出した。部屋の片隅には、まだ開けられていない段ボールがあるが、それはおいおい片づければいいだろう。
「思ったより早く片づいたわね」
 引っ越しを手伝ってくれた友人の高原尚美も額の汗を拭いながら、笑顔を見せる。
「尚美、座って。コーヒーを煎れるから」
 私はそう言って、キッチンに立って歩いた。
「いよいよ一人暮らしだね」
 フローリングの床に尚美が座りながら話しかけてくる。
「うん。これから一人で料理作らなくちゃならないのが頭痛いけど」
「ごめんね、あずさ。私のせいでこんなことになっちゃって」
「何言ってんの! そんなの気にしないでよ」
 謝る尚美に、私は手の平をふりふり、答えた。
 私と尚美は大学時代からの親友で、これまで高級アパートの一室に同居していた。就職してからも同居は続き、快適な日常生活を過ごしていたのだが、尚美に彼氏が出来てから、そうもいかなくなったのである。私はまだ面識がないが、何でも同じ職場だそうだ。尚美とその彼氏は結婚を前提に付き合っており、とりあえず同棲することになった。そうなると私一人の給料では、今までのアパートに住み続けることが出来なくなる。その結果の引っ越しだった。
 もともと尚美は家庭的な面があり、同居していたときは料理などをしてもらった方だ。そんな尚美が今、幸せをつかもうとしている。親友として心から祝福してあげたかった。
 それにこの物件を格安で探してきてくれたのも、不動産屋に勤める尚美だった。これまで住んでいた所と比べれば、ワンルームなので、当然狭さは否めないが、築三年くらいと新しく、駅、商店街と周囲の利便性も格別である。私は一目で気に入った。
「はい、コーヒーお待ち♪」
 トレイにコーヒー・カップ二つを乗せ、尚美のところまで運んだ。
「ありがとう。あずさが煎れてくれるコーヒー飲むのも、これが最後かな?」
 コーヒー・カップを手に取りながら、尚美が呟く。
「何言うのよ。これからも遊びに来てくれれば煎れてあげるわよ」
「そうね」
「もっとも、尚美は彼氏にべったりで、私のところなんかに見向きもしないでしょうけど」
 私はわざと意地悪く言ってみた。尚美が苦笑する。
「もお、あずさったら!」
 そう言って尚美は、私の煎れたコーヒーに口をつけた。途端、顔をしかめる。
「ごめん、濃かった?」
 私は尚美に謝った。尚美は口許をハンカチで押さえながら、
「ううん。でも、あずさも一人暮らしするんだから、ちゃんと料理を作れるようにならなきゃね」
 と笑う。まったく、私が気にかけていることをハッキリとおっしゃる。私は、ふーん、と唇を尖らせながらコーヒーを一口……、
「!! まずっ!」
 思わず吐き出しそうになる私だった。

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