煙突から煙が立ち昇っていた。
尚美が天に昇っていく。
私にはそう思えてならなかった。
尚美が私の部屋のバスルームで自殺を図って三日後。葬儀を終え、今まさに尚美の身体は火葬場で荼毘に付されていた。
彼女の遺品である、ある物を手にしながら、火葬場の外で煙が立ち昇るのを眺めていた私に、一人の男性が近寄ってきた。二十代後半くらいだろうか。誰だかまったく分からなかったが、向こうが会釈してきたので、私も返した。
「初めまして。N不動産の立花と言います」
それは尚美の会社だった。そして、その名前に聞き覚えがあった。
私は立花と名乗った男に促され、火葬場の周辺を歩きながら話をした。
「あのアパートが新築されたとき、あなたの部屋だったところに独身の若い女性が住んでいました」
立花は記憶を辿るように、遠い目をしていた。
「その女性はとても地味で、目立たなかったそうです。そんな彼女にもやがて好きな男性が現れた。彼女はその男性の気を惹こうと、派手な服装を身につけるようになったそうです。真っ赤なコートとかをね。きっと自分の部屋でその姿を鏡に写し、男性と恋に落ちることを夢見ていたのでしょう。でも、意中の人には気がついてもらえなかった。告白できる勇気が彼女に少しでもあれば良かったのでしょうが、それも持ち合わせていなかった。やがて男性には特定の女性が出来た。片思いの彼女は悲観したのでしょう。ある日、自室のバスルームで、手首を切って自殺したそうです。以来、あなたが入居するまで、誰もが気味悪がって、部屋の借り主になる者はいなかった。そして、今度はあなたにその部屋を紹介した高原くんが自殺を図るとはね……」
私は黙って立花の話を聞いていた。
「私は幽霊とかいった類の話は信じないのですが、こうして続くと信じずにはいられなくなりますね。きっと高原くんは、その自殺した女性の霊に引き寄せられてしまったのではないでしょうか。不謹慎かも知れませんが、一歩、間違えればあなたが犠牲に──!」
立花は言葉を続けることが出来なかった。私が彼の顔に、尚美の遺品である日記を投げつけたからだ。
「そんな幽霊なんか関係ないわ! あなたが……あなたが尚美を殺したも同然よ!」
尚美が付き合っていた男性こそ立花だった。私は日記を読んで、全てを知ったのだ。
立花には他の女性がいたらしい。尚美は以前から悩んでいたようだった。
そして、尚美にこのアパートの物件を奨めたのも立花だったのだ。立花は尚美から相談を受けたとき、尚美が住むものとばかり思っていたようである。もちろん、幽霊の噂を知っていながらだ。それを知った尚美がどんな思いをしたのか。考えれば考えるほど、私は我が事のように悔しくなった。
きっと以前に自殺した女性も、立花のような男に引っかかったのだ。そして、男の方は女性が死んでも何とも思っていないのだろう。
ひょっとしたら、自殺した女性が好きになった男も立花だったのかも知れない。飛躍のし過ぎだろうか。あのアパートの物件を紹介するときに親しくなり、そして……。
このような男には、いずれ天罰が下るはずだ。いや、天が見逃しても、尚美と赤いコートの女が許さないだろう。
私は面食らった様子の立花をその場に置き去りにして、荼毘に付された尚美が待つ、火葬場へと戻った。