「転校してきました、桜井瑞恵です。よろしくお願いします」
二学期早々、五年三組に転校してきた桜井瑞恵は、とても十歳そこそこには見えないほど、大人びた感じのする美少女だった。手足がスラッと伸び、背も高く、まるで愛らしい着せ替え人形のようだ。決して作り物ではない笑顔も魅力的である。それを見たクラスの男子は、皆、ときめきを感じ、女子は羨望を禁じ得なかった。
「じゃあ、桜井さんは──そこ、一番後ろの空いている席に着いて」
髪の毛を固く引っ詰め、角張ったメガネを掛けた担任教師の片岡寿美子が、一カ所だけポッカリと空いている席を指して、瑞恵に着席を促した。それを聞いたクラスの児童たちが、一様に驚いた表情を作る。
そんなクラスの反応に、瑞恵は不審なものを感じた。教室で空いているのは、最初からその席しかなかった。ならば、転校生である瑞恵が座るのはそこしかないはず。今さらながらクラスの児童たちが驚くことではない。それとも他に理由があるのか。
「先生、あそこは──」
瑞恵が少し躊躇して立ちつくしていると、すぐ目の前の席で一人の男の子が挙手し、何かを言いかけた。だが、すぐに片岡先生が遮る。
「来生クン、他に空いている席がある? ──桜井さん、座って」
「はい」
瑞恵は片岡先生に言われるまま、空いている席へと歩き出した。辿り着くまでの間、クラス中の視線が瑞恵に集まる。その視線は転校生に対する好奇の目も含まれていたが、ほとんどは何かに同情するような感じだった。それが空いている席に瑞恵が座ろうとしているから、というのは分かる。しかし、どうしてなのかまでは、転校してきたばかりの瑞恵には知る由もなかった。
瑞恵はイスを引いて、着席しようとした。見たところ、特に他の机と変わったところはない。だが、視線を上げると、皆がこちらを注目していて、瑞恵はまたもや戸惑った。
「桜井さん、早く着席して」
「は、はい」
片岡先生に促され、仕方なく瑞恵は座った。それを見届けたクラスメイトたちは、ため息ともあきらめともつかない空気に重くなったが、出欠席の名前が呼ばれ始めると、普段の朝を取り戻した。