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カレンダー・ガール

−1−

「おおあたりぃ〜っ!」
 いささか誇張したような言い回しで大声を発すると、抽選会場のオヤジは使い古した大きなハンドベルをここぞとばかりに打ち鳴らした。その声と音に、商店街にいた人たちが一斉にオレの方を振り返る。オレはそのとき、くじ引きを当てた喜びよりも、気恥ずかしさの方が先に立った。
 大晦日の下町の商店街。誰も彼もが足早に通りを行き過ぎる。皆、早く買い出しを済ませて、おせち料理の準備に取りかかりたいのだろう。店側も気がそぞろといった感じらしく、どうやら売る物を売ったら、早く店じまいをしようという考えで、頭が一杯のようだ。いかにも年の瀬らしい。
 だが、この抽選会場だけは異様な熱気がこもっていた。無理もない。今まさに、オレが特賞である黄色い玉を引き当ててしまったのだから。
 大学に合格し、上京してから来年で一年になろうとしているが、オレはアパートの近所にあるこの商店街で、あまり買い物をした記憶がなかった。大学とアルバイトに明け暮れ、帰宅するのは主に深夜。そうなるとコンビニくらいしかやっておらず、自然、商店街のほかの店からは足が遠のく。それに今の時代、コンビニが一軒あれば、まず日常生活の物はまかなえてしまうものだ。そういうヤツはオレ以外にも、この世の中に多くいるはずである。特に独身の男性は。
 しかし、オレはこの大晦日になって、不覚にも風邪を引いてしまった。寒気と吐き気が襲ってくる。当然、バイトは休んだ。書き入れ時だけあって、店長にはかなり嫌みを言われたが、しょうがない。こんな状態で働いたら死んでしまう。いや、死なないまでも、まったく戦力にならないだろう。フラフラした病人が働いていては、忙しい最中の店に、余計、迷惑がかかる。
 そんなわけで先程までアパートで寝ていたのだが、オレは銀行で金を下ろしていないことを思い出した。ふらつく体にムチ打って、息も絶え絶えに銀行へ。なんとか間に合った。
 その帰り、せっかくなので風邪薬を買おうと、商店街の薬局に立ち寄った。風邪薬の他にも栄養ドリンクやマスク、冷感シートなども手にする。なんだかんだと三千円以上購入すると、お釣りと一緒に渡されたのが手作り感いっぱいの商店街の抽選券だった。期日は今日まで。ただ捨ててしまうのももったいないので、こうして抽選会場まで足を運んだわけだ。
 たった一回のチャンス。別に何かが当たるという予感があったわけでもない。だが、抽選器をガラリと回すと、出来てきたのはありふれた赤玉ではなく、見慣れない黄色い玉だった。
 オレは思わず、抽選会場に貼り出されている景品リストに目をやった。黄色は『特賞』とある。そして、その景品は──
「おめでとうございます! こちらが特賞の景品、特製カレンダーです!」
「は?」
 抽選会場のおねえさんが手渡してくれたのは、何の変哲もない筒状に丸められたカレンダーだった。
 オレは反射的に受け取っていたが、当然のことながら、釈然としなかった。
「何で特賞がカレンダー?」
 そりゃあ、残念賞のポケットティッシュよりはいいだろうが、わざわざ特賞と銘打っている景品が、この年末にはどこにでもありふれているカレンダーじゃなくてもいいではないか。特賞の下に書いてある一等賞はDVDレコーダーだし、二等賞は温泉ペア宿泊券、三等賞は低周波マッサージ器だ。それよりも上であるはずの特賞が、ただのカレンダーというのは納得がいかない。
 オレは抗議しようとした。だが、
「はい、そのように決められていますので」
 先手を打ったように、おねえさんのにこやかな答え。風邪のせいで気力が萎えていることもあったが、オレはすっかり気勢をそがれてしまった。
 ひょっとすると、景品リストの一番上に書いてあるものの、特賞はそんなに特別なものではなく、当たった喜びをお客に味あわせるための演出なのかも知れない。
 オレは落胆を隠せないまま、勝手に盛り上がっている抽選会場を後にした。
 アパートへ帰り着くと、どっと疲れが出て、へたり込んだ。満足に動かない四肢を引きずりながら、敷きっぱなしの布団へと倒れ込む。疲れた。もうダメだ。
 着替えるのも面倒くさいので、オレは上着だけ脱いで、早々に寝ようと思った。その枕元に抽選で当てたカレンダーが落ちて転がる。
 景品リストには特製カレンダーとあったが、一体、どんなカレンダーなのか。オレは鈍る思考の中で考え、カレンダーを広げてみた。
「………」
 それはごく当たり前のカレンダーに見えた。ひと月ごとにめくるタイプのカレンダーで、それぞれの月に応じた女性たちの写真が目を引く。どれも美人ぞろいだが、無名のモデルなのか、テレビなどでは見たことのない顔ばかり。例えば、一月なら振り袖を着た日本美人だ。ローマ字で「YUME」とある。彼女の名前だろうか。
 彼女もいない寂しい一人暮らしのアパートには悪くないカレンダーだが、それがくじ引きの特賞で当てた景品にふさわしいかは、また別の問題である。しかし、今さら抗議する気も起きない。それよりは風邪による倦怠感と疲労で、早く泥のように眠りたかった。
 オレは枕元にカレンダーを広げたまま、冷たくなっている布団に潜り込んだ。横になると悪寒がして、歯の根が合わない。オレは布団の中で身を縮め、わびしい年の瀬にひどく落ち込みながら、いつの間にか深い眠りに誘われていた……。


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