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WILD BLOOD

第4話 内なるケモノを解き放て!

−1−

「面白そうな子じゃない。ねえ、校長?」
 琳昭館高校の理事長室から学校の正門の方を眺めながら、玉石梓<たまいし・あずさ>は言った。対する校長の信楽福文<しがらき・ふくふみ>は黙ったままである。それどころか、外はさらりとした秋風が吹いているというのに、手にしたハンカチの色が変わるまで、とめどなく吹き出す汗を拭うのに必死といった感じだった。
「やはり、“類は友を呼ぶ”ってヤツかしら? この学校に引き寄せられてきたのも偶然じゃないでしょうね」
 梓は信楽校長のことなどお構いなしで喋り続けた。窓の外には登校してくる生徒たちの姿が見える。それを見て、梓は微笑を浮かべた。ゾッとするような妖艶さで。
 梓は三十半ばくらいに見られる、ややキツい顔立ちの細身の美女である。だが、実年齢はどうなのか、いささか年齢不詳なところも見受けられた。謎多き女である。黒く艶やかな髪はふくらはぎまで長く伸びており、歩くとまるで尻尾を振っているようにも見えた。
 反対に、信楽校長は背が低く、その割に横幅と太鼓っ腹は立派だった。年齢は梓よりも二十くらい上に見える。丸顔で愛嬌があるが、今は理事長である梓を前にして緊張しているのか、その表情は強張っていた。
「り、理事長」
 信楽校長は緊張で粘つく口に顔を歪めながら、ようやく言葉を振り絞った。先程から拭き取る汗の量はハンカチ一枚では追いつかなくなってきている。
「か、彼をどうするおつもりですか? 一応は本校の生徒でありますし、滅多なことは……。それに彼自身、問題の多い生徒かも知れませんが、目に余るようなトラブルを起こしたわけでもありませんし……」
「分かっています。今すぐ、彼をどうこうするというわけではありません。でも……」
 そこで一度、梓は言葉を切った。窓に向かって、どんな表情を作っているのかを想像し、信楽校長は固唾を呑んだ。
「興味あるじゃない? この学校に、あの種族の者がやって来るなんて」
 梓は振り返った。やはり笑っている。まるで、これから先、何かを期待するかのように。それを見て、信楽校長は益々、萎縮した。
 そこへドアがノックされる音が響いた。「どうぞ」と梓が招き入れる。
「失礼します」
 一礼して理事長室へやって来たのは、白衣姿の美女だった。たちまち、室内に鼻腔をくすぐるような芳香がたちこめたような気がする。
 あらかじめ来訪は予定されていたものらしく、梓は白衣の美女を快く迎えた。
「ようこそ、琳昭館高校へ。私が本校の理事長を務めております、玉石梓です。そして、こちらが校長の信楽。──校長、こちらは私がお呼びしたカウンセラーの毒島カレン<ぶすじま・かれん>さんです。今日から、本校へ来ていただくことになりました」
「毒島です。よろしくお願いします」
 カレンは改めて、信楽校長に会釈した。思わず、信楽校長の表情がゆるむ。
 それは無理からぬことだった。カレンはその知的な美貌もスーパーモデル並のプロポーションも一級品であり、醸し出す色香に惑わされない男はいない。
「毒島先生は薬学にも精通しながら、深層心理と潜在能力の研究をされていてね、このほど、ある理論とその活用法を見いだしたそうよ」
「お言葉ですが理事長、私の研究はまだ実験段階で、その理論が完全に証明されたわけではありません」
 梓の言葉に、カレンは臆することなく言い添えた。そんなカレンに、梓は不快感を顕わすのではなく、むしろ嬉しそうにうなずく。一人、ハラハラしていたのは信楽校長だ。
「ええ。だからこそ、その理論を本校で完成させてもらいたいの。協力は惜しみません」
 梓がそう言うと、カレンも微笑を浮かべた。
「ありがとうございます」
 梓とカレンの間に、何らかの密約が結ばれていることは明らかだった。信楽校長が慌てる。
「り、理事長! 本校の校長として言わせてもらいます! もし、本校の生徒の身に何か危険が及ぶようなことがあっては……!」
「校長。あなたは黙って、自分の椅子を温めていればいいのです。この学校は私が作ったもの。すべては私が決めます」
 梓の口調に激しさはなかったが、信楽校長を黙らせるだけの迫力は込められていた。信楽校長は全身が冷たくなるような感覚に硬直してしまう。
 それを見て、梓はフッと表情を和らげた。
「お分かりいただけたのなら、もうお戻りになって結構です。私はもう少し毒島先生とお話がありますので」
 信楽校長は口をつぐんだまま、二人に会釈をすると、理事長室から退出していった。
「よろしいのですか?」
 校長がいなくなってから、理事長室のドアを一瞥したカレンが尋ねた。ただし、本当に心配しているようには見えない。
 梓も軽く肩をすくめた。
「まあ、あんなタヌキのことは気にしなくてもいいわ。それよりも──」
 梓は机の上に置かれていたファイルを手にすると、カレンに差し出した。受け取ったカレンがファイルを開く。
「彼が……」
「そう。毒島先生の理論を証明するのに、手頃な相手だと思いますわ」
 梓は邪さを感じさせる微笑を浮かべた。
 ファイルにある写真は、最近、転校してきたばかりの一年A組の生徒、仙月アキトのものだった。

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