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WILD BLOOD

第5話 野獣、涙の咆哮

−1−

 仙月アキトが指定された校舎裏に到着したとき、すでに五人の男子生徒がその場に倒れていた。
 その五人にアキトは見覚えがあった。空手部の副主将・坂田欣時とその取り巻きたち──小柳、畑山、奥、浜口だ。皆、ひどいケガを負っている。特に重傷なのは坂田だ。上半身は裸になっており、体中、痣と引っ掻き傷だらけだ。顔は醜いほどに腫れ、鼻と口からはおびただしい出血をしており、鼻はひしゃげるように折れている。かろうじて死んではいないようだが、意識は完全に失っており、誰にやられたか聞き出すのは難しいだろうと思われた。
「チッ!」
 アキトは舌打ちした。ズボンのポケットの中で、手にしていたノートの切れ端を握り潰す。今朝、下駄箱に入っていたアキトへの呼び出し状だ。差出人の名前はなかったが、先日の道場での一件を考えれば(詳しくは「WILD BLOOD」の第2話を参照)、どうせ坂田たち空手部に決まり切っていた。だが、まさか、その前に何者かにやられてしまっているとは予想だにしていなかったが。
 それにしても誰の仕業なのか。実戦慣れした空手部の猛者五人をこんな目に遭わせるには、大勢で取り囲んで袋叩きにしたか、あるいは──
 五人の傷を見ながら考え込んでいたアキトであったが、誰かがこちらへ近づいてくる気配に気づきいた。こんなところを見つかっては面倒なことになりそうだ。早々に立ち去ろうとした。
 だが、踵を返したところで、反対方向からも誰かがやって来るのを察知する。前後を塞がれ、逃げ場がない。
 アキトはフェンスを乗り越えて、学校の外へ脱出しようかと考えたが、そこまでする必要はないだろうと思い直してやめた。別にアキトが坂田たちを襲ったわけではない。しかし──
 やって来たのは、空手部の他の部員たちだった。きっとアキトに勝つところを見せつけようと、坂田が呼んでおいたに違いない。しかし、むごたらしい現状を見て、全員、色めき立つ。
「貴様、坂田さんたちに何をした!?」
 予想していたとおりの反応に、アキトは思わず笑ってしまった。それがさらに彼らの神経を逆撫でる。
「何がおかしい!?」
「いや。オレが疑われてもしょうがねえかと思ってさ」
「何だと? 最近、転校してきたばかりのくせに生意気なヤツだ! オレたち空手部全員を敵に回すつもりか!?」
 空手部員たちは二十名ほど。アキトの強さは承知しているが、数に物を言わせることは出来る。皆、副主将たちをやられたと思い込んで、頭に血が昇っていた。
 だが、頭に来ているのはアキトも同じだ。ケンカの呼び出しを受けて来てみれば、相手はすでにノックアウト状態。せっかくの憂さ晴らしの機会を失い、余計にフラストレーションがたまっていた。その上、空手部たちからの言われなき非難である。怒りの矛先は彼らに向けられようとしていた。
「全員でオレにかかってくるか? ここでぶっ倒れているヤツらみたいになりたいなら、いつでもかかってきていいんだぜ」
 アキトは挑発した。その鋭い眼光に、空手部員たちは、一瞬、緊張した顔つきになる。
 と、そのとき──
「じゃあ、本当にアキトが先輩たちをやったの?」
 その問いは、アキトの背後からかけられた。今度はアキトがビクッと体を震わせ、背中の筋肉を強張らせた。
 振り向いて確認するまでもない。武藤つかさだ。空手部員たちの中に姿がなかったので少し安心していたのだが、まさか反対側からやって来たのがつかさだったとは。
 アキトは緊張しながら、つかさの次の言葉を待った。いつものように冗談で返すことは出来ない。だが、つかさは黙ったまま、アキトの横を通り過ぎ、倒れている坂田に近づいた。そして、そのケガの具合を見る。その後ろ姿がわなないているように、アキトには見えた。
「どうして……先輩たちをこんなひどい目に遭わせたの?」
 つかさの声も震えていた。
 誰に何と思われてもいい。だが、つかさにだけは信じて欲しいとアキトは思った。
「オレじゃない……」
 いつになく弱々しいアキトの声。つかさはアキトの方に振り向き、キッと睨みつけた。
「アキト以外の誰にこんな──」
 そうなのだ。坂田たち空手部五人をここまで完膚無きまでに叩きのめせるのは、集団で暴行を加えたのでなければ、人間以外の存在──例えば吸血鬼<ヴァンパイア>のようなものしか考えられない。アキトの正体を唯一知っているつかさが真っ先に疑うのも無理はなかった。それにアキトと坂田たちには因縁がある。
 そんなことは充分に承知しているアキトだった。だが──
「オレじゃねえって言ってるだろ! つかさ、オレを信じられねえのか?」
「………」
 今度はつかさが動揺した。アキトとは、まだ知り合ってから二週間と経っていないが、まるで昔からの友達のような存在だ。その友達を疑ったりしていいのか。
 しかし──
 アキトは吸血鬼<ヴァンパイア>だ。容姿はつかさたちと何も変わらないが、人間ではない。
 つかさは迷った。
 アキトはそんなつかさを見て、心の中で舌打ちした。つかさを苦しめるために言ったつもりではない。だが、つかさは優しい男だ。アキトを完全に疑うことが出来ないのだろう。そして、疑惑もまた拭いきれないのだ。こうなったら残された道は一つ──
「分かった。自分の無実は自分で証明する!」
「アキト! 何を──!?」
 アキトは突然、身を翻した。
「真犯人を見つけるに決まっているだろ! じゃあな!」
 アキトはそう言い残すと、二メートル以上はある金網のフェンスに手をかけ、軽々と乗り越えた。それを見た空手部員たちは、一瞬、呆気にとられる。軽やかな身のこなし。
 だが、アキトが走り去って行くのを見て、すぐさま我に返った。逃げたと思ったのだ。
「仙月! 逃げるつもりか!?」
「このことは先生たちに、ちゃんと報告するからな!」
 空手部員たちの声が聞こえたかどうか、たちまちアキトの姿は見えなくなった。
 ただ一人、つかさはその場に立ち尽くし、どうしたらいいのか分からなかった。
 その様子を校舎の二階の窓から見下ろしている視線があった。
 琳昭館高校理事長の玉石梓と新任カウンセラーの毒島カレンだ。二人とも微笑を浮かべていた。
 二人は坂田たち空手部員が何者かにやられるところから、一部始終を見ていた。それでいながら、助けにも行かず、高みの見物を決め込んでいる。一体、どういうつもりなのか。
「毒島先生、実験は上々のようですわね?」
 梓は満足そうに言った。カレンがうなずく。
「はい。予想以上の成果でした。あの坂田という生徒も、かなりの成果を見せてくれましたが、それよりも凄い逸材を見つけられて、理事長には感謝の言葉もありません」
 礼を述べるカレンに、梓はやんわりと首を横に振る。
「毒島先生をお招きしたのは私の方です。協力は当然のことですわ。それよりも次は──」
 梓の視線は、校舎裏からさらにその外へと移った。まるで、立ち去ったアキトの後ろ姿を追うかのように。カレンもそれにならった。
「はい。どちらが生き残れるか、非常に興味があります」
 そう言うカレンの目は、危険なまでに輝いていた。

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