←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→



WILD BLOOD

第8話 ひとりぼっちの神隠し

−8−

 まるで野良犬のようにありすを威嚇しているアキトの背中をつかさがつついた。
「アキト、ちょっと」
「あん?」
 二人は薫たちから少し離れた。つかさが声を低めて話す。
「徳田さんのことなんだけど。どうやら、この公園で神隠しに遭ったみたいなんだ」
「神隠し?」
「うん。何でもこの辺では昔から神隠しの言い伝えがあって、今でも多くのペットが姿を消すことがあるらしいんだよ。黒井さんも、ここの空間は少し歪んでいるみたいだって。だから異界に迷い込んだんじゃないかって、みんなで話していたんだ」
「あの女、そんなことまで分かるのか?」
「多分。──ねえ、どうしたらいい? どうやったら徳田さんを助けられる?」
 つかさは一縷の望みを持って、吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトに尋ねた。だが、アキトは面倒くさそうな顔をする。
「助けなくたっていいんじゃねえか、あんなメガネ。そうすりゃ、つけ回されているこっちとしては、せいせいする」
「アキト!」
「んな、睨むなよ。お前だってストーカーみたいなことされたら、きっと、そう思うって。それにどうやって向こうへ行って助けるって言うんだ? オレにはそんな芸当できねえぜ」
「方法ならあるわ」
 いつの間に近づいてきたのか、すぐ背後に立っていたミサがぼそりと言った。二人は驚いて、思わず身構えてしまう。
「ほ、方法って……」
 先程までミサは、寧音<ねね>を助けるのは難しいと言っていたはずだ。つかさは聞き返した。
「もちろん、誰かが異界へ行って、連れ戻してくるのよ」
 ミサはこともなげに答えた。単純なことだが、よく考えるとムチャである。
「え? だって、さっきは……」
 異世界は危険だと、ミサ自らが言っていたはずではなかったか。
 しかし、ミサは意味ありげな視線をアキトに送ってくる。
「私は、普通の人間なら危険だと言ったのよ。そうでなければ、助けられる可能性は高くなるわ」
 やっぱりミサは、アキトの正体に気づいているのではないか。言葉に含まれているニュアンスから、つかさは感じ取った。
 アキトは露骨にイヤそうな顔をした。
「簡単に言ってくれるよな。だいたい、何でオレがメガネのヤツを助けなきゃなんねえんだ?」
「すべての元凶はあなたでしょ? それとも何? あなたの秘密を喋っても構わないのかしら? 言っておくけど、私は他のみんなみたいに、あなたの安っぽい催眠術になんかかからないから。私を敵に回すつもりなら、どうぞご自由に」
 ミサは微笑を浮かべながら、アキトを脅迫した。吸血鬼と魔女。両者の間に静かな火花が散った。そんな二人の顔を交互に見ながら、つかさが一人でおろおろする。
「何をさっきから、こそこそ話しているのよ?」
 少し離れたところから様子を窺っていた薫が胡散臭そうに尋ねた。晶も腕組みして、こちらを睨んでいる。
「ああ、話がついたわ。彼が徳田さんを連れ戻しに行ってくれるって」
 いきなりミサは言い切った。当然、アキトが黙っていられるわけがない。
「待て! 誰がそんなことを言った!? 勝手に話を進めんな!」
「あら? ひょっとして怖いのかしら?」
 ミサは平気で挑発してくる。アキトは単純だ。男一匹(?)、怖がっているなんて思われるのは死んでもイヤだ。
「ふざけんな! 異界でも魔界でも、ド〜ンと来やがれ!」
「はい、決まり」
 交渉成立とばかりに、ミサは妖しく微笑んだ。そして、
「じゃあ、行ってらっしゃい」
 と、いきなりアキトを突き飛ばした。
「うわぁ!」
 不意をつかれたアキトは、植え込みに倒れそうになった。が、次の瞬間、つかさたちは信じられない光景を目撃する。
 ──フッ!
 何の前触れもなく、アキトの姿が消えた。それは決して植え込みに突っ込んだからではなく、完全に消失したのだ。
 自分の目が信じられず、つかさたちは何度も瞬きを繰り返した。だが、やっぱりアキトの姿はない。
「あ、アキトは?」
 茫然としながら、つかさはアキトを突き飛ばしたミサに尋ねた。ミサは何事もなかったかのように、長い黒髪を掻き上げる。
「行ったわ」
「行ったって……?」
「異界よ」
「え……?」
 あまりに唐突で、あまりに呆気なさ過ぎた。ミサから説明されても、それを理解するのに時間がかかる。
 そんな中、パチパチと拍手をしたのは、ありすだった。
「ミサちゃん、すごぉーい! 新しいマジックぅ?」
 ……やっぱり、ありすも分かっていない(苦笑)。
「ちょうど彼の立っていた場所が、一番、空間の歪みがひどいところでね。ああやって、ちょっとしたきっかけを与えてやるだけで、異界に入り込めるのよ」
 ミサはまるで勉強を優しく教える優等生のように解説した。それを聞いて、薫と晶が顔面を蒼白にしながら後ずさる。近くにいたら、自分たちも異界に迷い込んでしまうと思ったのだろう。
 まさか、こんな手段でアキトを送り込むと思わなかったつかさは、恐る恐る、ミサに尋ねてみることにした。
「く、黒井さん。アキト、大丈夫ですかね?」
 だが、ミサの答えは、さらにつかさを驚かせた。
「さあ、分からないわ」
「え?」
 つかさは開いた口が塞がらなかった。アキトなら寧音<ねね>を連れ戻せると考えて、送り込んだのではなかったのか。
「私は、『助けられる可能性は高くなる』とは言ったけど、百パーセントとは言ってないわ。まあ、普通ならゼロに近いところを、彼が三十パーセントくらいに引き上げたってところかしら」
「さ、三十パーセント!?」
 そんな成功確率で、異界へ送り込まれたとは。
 つかさは、「覚えてやがれ〜ぇ!」と喚くアキトの声が聞こえてくるような気がした。



「うわっぷ!」
 ミサに突き飛ばされたアキトは、頭から植え込みに突っ込んだ。すぐさま、体勢を立て直し、ミサに怒鳴りつけようとする。
「いきなり、何しやがる!」
 植木の葉っぱを口からペッペッと吐き出しながら、アキトは怒りの声を上げた。まったく、見た目は物静かな美少女然としているくせに、アキトへの仕打ちは容赦ない。一度、痛い目に遭わせておくべきだと考えた。
 だが、振り上げた拳は、途中で止まった。ミサがいない。
 いや、いないのはミサばかりではなかった。つかさも、薫も、晶も、ありすも姿を消している。たった今、一緒にいたはずなのに。
 アキトは慌てて周囲を見回した。
 児童公園にはアキト一人。不気味なくらい静まり返っていた。
 アキトの眼が鋭くなる。
「この邪気……あの女、やってくれたな」
 アキトはすぐに事態を把握し、ミサに対して悪態をついた。
 公園はつかさたちの姿がなくなったこと以外、変わりがないように見えた。夕陽に彩られた公園。周囲にたたずむ住宅街。
 だが、吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトの超感覚は、ここがまったく異質な世界であることを察知していた。
 すなわち、ここは異界──
 アキトは、先程までのアホ面が、今ではキリリと引き締まったものに変わっていた。ここが異界である以上、何が起こるか。一瞬たりとも油断できない。
 アキトはまず、公園の出口に向かってみた。公園の外へ出る一歩手前で立ち止まり、そっと右腕を差し出してみる。
 そこには見えない壁があった。ノックするようにして叩いてみる。硬い。今度は手の平を向けて、強く叩いた。びくともしない。次に出口全体を撫でるようにしてみた。どうやら公園の境界線に沿って、見えない壁が存在しているようだ。
 この公園からは一歩も出られないと分かり、アキトは出口に背を向けた。ここから脱出する方法はあるのか。どうやら、それはこの中で見つけるしかないようだ。
 アキトの口の端が歪んだ。それは笑み。この男は、こんな状況を楽しんでいるのだ。
「上等だぜ。絶対にここから脱出してやろうじゃねえか。見てやがれ。あの女、帰ったら吠え面かかせてやる!」
 ミサへの仕返しを心に誓いながら、アキトはゆっくりと歩き出した。

<次頁へ>


←前頁]  [RED文庫]  [「WILD BLOOD」TOP]  [新・読書感想文]  [次頁→