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つかさ、薫、晶、ありす、ミサの五人は、押し黙ったように立ち尽くしていた。ミサ以外の四人は、神隠しに遭ったかも知れない寧音<ねね>をどうしたら助けられるか考え込む。
しかし、神隠しである。これがまだ誘拐の類ならば警察に相談するという方策も立てられるが、このような超常現象に巻き込まれた場合、どうすればいいかなど、一介の高校生であるつかさたちが思いつくわけはずもない。
ふと申し合わせたかのように、四人はミサの顔を見た。
「なあ、黒井。どうしたら寧音<ねね>を助けられる?」
“琳昭館高校の魔女”と呼ばれるミサなら、おどろおどろしい黒魔術を駆使して何とかしてしまいそうな気がして、晶は尋ねてみた。
だが、ミサの反応は無表情のまま。もっとも、彼女が感情を表に出したところなど、入学してからこの半年あまり、見たことなどないのだが。
「普通の人間が異界に足を踏み入れるなんて危険だわ。行ったが最後、戻ってこられる保証もないし。第一、徳田さんが無事であるかどうかも分からないのよ」
ミサは冷たく言い放った。
同じクラスメイトとは思えない発言に、晶はカッとなる。
「黒井! 何てことを言うんだよ!? 寧音<ねね>のヤツはきっと無事さ! 無事に決まってる!」
ミサに食ってかかる晶。しかし、ミサは決して気圧されることはない。
「それは桐野さんの希望的観測でしょ? 絶対なんてことは誰にも分からないわ」
「くっ……」
ミサは怒りを堪えるかのように、ミサを睨みつけた。一触即発の雰囲気に、そばで見ていたつかさはハラハラする。
そこへ割って入ったのは、ありすだった。
「晶ちゃん、ケンカはダメ〜ェ! ミサちゃんもぉ! 今はねねちゃんを助けることが先決でしょお!?」
ありすに、めっ、と叱られ、晶は仕方なく力を抜いた。
「分かったよ、ありす。お前さんの言うとおりだ」
晶は降参し、子供を褒めるように、ありすの頭をポンポンと軽く叩く。
しかし、こうしている間にも、異界へ連れ去られてしまったかもしれない寧音<ねね>はどうしているのか。また、四人は口をつぐんでしまった。
つかさは、こういうとき頼りになりそうな男を思い出した。
「そうだ、アキトは?」
目には目を。人外の出来事には、常人ならざる者。吸血鬼<ヴァンパイア>であるアキトなら、何かいいアイデアをひねり出せるかも知れない。
そう言えば、手がかりを探そうと別れてから、アキトの姿が見えないが……。
「まさか、あいつ、一人で帰ったんじゃないでしょうね?」
薫が疑わしい目つきで周囲を見渡す。
元々、誘拐犯のような扱いをされて気に食わなかったアキトだ。それくらい平気でやりかねない。
つかさは、やぶ蛇だったかと、額を押さえた。
すると、ミサが、
「ひょっとして、あの男のこと?」
と、心当たりがあるようなことを言った。
「黒井さん、どこで見かけたの?」
どうやら帰ったわけではなさそうだと分かり、つかさはホッとしながら尋ねた。
「こっちよ」
ミサはつかさたちを案内した。
そこは元々やって来た公園の入口だった。そこで中腰の怪しいポーズをしているアキトの後ろ姿を発見。だが、様子がおかしい。
「アキト?」
アキトはまったく動かなかった。まるで彫像のように。その格好も妙だった。やや腰を落とした姿勢で、両手はまるでボールを下から捕球しようとでもしているかのようだ。
アキトの前に回ったつかさは、その顔を見て面食らった。アキトの顔に、紙で出来たお札のようなものが貼りつけてある。お札に書いてある文字は梵字か何かだろうか。
他の者たちもアキトを見て、怪訝な顔をした。
「何これ? キョンシー?」
キョンシーとは、いわば中国版のゾンビである。旅先で死んだ者の遺体を運ぶため、死体自ら歩かせようと道士が編み出した法術なのだが、顔に貼ってあるお札を剥がすと、途端に暴れ出すという言い伝えだ。昔、日本でも映画やテレビドラマが放送され、一時、話題となった。
アキトの顔に怪しげなお札が貼ってあるところなど、映画に出てくるキョンシーそっくりである。
するとミサは、おもむろにアキトの顔のお札を剥がした。
その途端、アキトは動きだし、前にいたつかさの股間に手を伸ばす(苦笑)。
「なっ! 何するんだ、アキト!?」
つかさは真っ赤になって、股間を両手で押さえた。内股になってアキトから離れようとする。それを見ていた薫たちまで赤面してしまった。まさか、アキトにそういう趣味があったとは(笑)。
アキトに突き刺さる軽蔑の眼差し。
しかし、アキト一人が事情を呑み込めない様子だ。
「あ、あれ? どうして、オレ……」
自分の両手を見たあと、アキトはぐるりと辺りを見回した。そして、ミサの顔を見て指を差す。
「お、お前……!?」
驚いた様子のアキトに、ミサはお札をひらひらさせた。
「どうやら効果覿面みたいだったようね。これは邪気を持った者を封じる呪符。初めて使ったんだけど、結構、役に立つわね」
ミサは涼しげに言った。
すると、ありすが呪符を受け取って、しげしげと眺めながらミサに質問する。
「これ、キョンシーのお札〜ぁ?」
「違うわ。それは友達にもらったの」
「ともだち?」
どんな友達か怪しみながらも、つい尋ねずにはいられなくなる。
「ええ、インドの呪術師なんだけど。いわゆるメル友ってヤツかしら」
「メル友って……」
類は友を呼ぶ、というか、やっぱりミサのメル友だけあって、尋常じゃない(苦笑)。
「他にもプラハに住んでいる三百五十歳のお婆ちゃんとか、英国で数々の迷宮事件を解決している霊能者とか、バチカンにもう一人いる闇の法王とか、世界各国の政治家から一目置かれる南アフリカの予言者なんかとも親しいのよ。だからたまに、こんなアイテムを贈ってきてくれたりしてね」
「あっ、そう……」
ミサの説明を聞いていると、世界は人々の知らないところで、とんでもないことになっているような気がする。だから当たり障りない返事を返すのがやっとだった。
しかし、そんなミサに呑まれていない人物が一人だけいた。アキトだ。
「お前なあ! いきなり何をしやがる!」
アキトはミサに怒鳴った。だが、相手が悪い。彼女は“琳昭館高校の魔女”だ。
「背後から私に襲いかかろうとしていたのは誰? あれは自己防衛よ。だから、呪符であなたを封じたの。こんなに邪気をプンプンさせて。あなたみたいのが街中を歩き回っているなんて、不吉極まりないわ」
女性の敵、という点では、ミサに同意見なのか、薫と晶は深くうなずいた。
だが、つかさはミサの言葉に別の意味でドキッとした。ひょっとして、ミサはアキトの正体に勘づいているのかも知れない。
しかし、アキトはそんなことを気にも留めていないようだった。
「襲いかかるとは言ってくれるじゃねえか。オレはただ挨拶をしようと思っただけだぜ」
アキトはそう言いながら、手で何かを撫でるような仕種をする。その動きで、つかさには分かった。きっとアキトは、そっとミサの後ろから近づいて、ヒップに触ろうとしていたに違いない(笑)。つかさもアキトと初めて出会ったとき、女に間違われて、やられた口だ(「WILD BLOOD」第1話を参照のこと)。だから呪符を取ったとき、その動きのままに、つかさの股間へ手を伸ばしてきたのだろう。
釈明するアキトの背中に、いつの間にか回り込んだありすが、ミサから借りた呪符を貼りつけた。すると、アキトの動きがピタリと止まる。
「きゃははは、面白〜い!」
まるで新しい玩具に興じるかのように、ありすは呪符を貼ったり剥がしたりを繰り返した。アキトの動きは、まるでコマ落としのように、カクカクとしたものになる。それを見ているうちに、ミサ以外のみんなが吹き出した。
「ええーい、やめんか!」
完全に遊ばれたアキトは、隙を突いて、ありすの手から呪符を奪い取った。そして、憎しみを込めて、クシャクシャに丸めてしまう。
「ああーん、取られたぁ!」
歯を剥き出しにして憤るアキトに怯えながら、ありすはミサの後ろに隠れた。
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