[RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]
「ほえ〜〜〜っ」
首が痛くなるほど目の前のマンションを見上げた武藤つかさは、思わず感嘆の声を上げた。
目も眩むばかりの高層マンション。何の特色もなかった隣町に、場違いなほどひょっこりと建ったのは知っていたが、まさか自分が訪れるとは思ってもいなかった。改めて近くで見ると、まるでバベル塔のような威圧感があり、凄いとしか言いようがない。
「ちょっと、何かの間違いじゃないの?」
隣の忍足薫がつかさを肘で突っつきながら確認した。言われて、つかさはもう一度、手元のメモを見直す。
──『シティ・エンパイア無蘭1313号室』
間違いではなかった。
「やっぱり、ここだよ」
疑い顔の薫にメモを見せながら、つかさはため息をつくように言った。メモを受け取った薫の手が震える。
「ウソでしょ? アイツがこんな凄いところに住んでいるワケ?」
これが今にも傾きそうなオンボロ・アパートだったら、薫も素直に納得できたことだろうが、あまりにもイメージが異なりすぎた。
二人は再び高層マンションを仰ぎ見た。外から眺めると六角形の柱のようなデザインが面白い。
ここがクラスメイト、仙月アキトの住まい。目の当たりにしても信じられない。
二人はアキトから招待を受けた。──いや、厳密に言うと、アキトの妹、美夜<みや>から。
先日、隣のクラスの徳田寧音<ねね>が神隠しに遭うという事件で、偶然知り合った美夜は、兄アキト同様に、一目でつかさを気に入り、もっと親しくなりたいと自宅へ招いたのだ。アキトとすれば、妹につかさを取られるのは不本意なはずだが、なぜかそれを了承。今日の朝、ウチへ遊びに来いとつかさを誘った。
招待されたつかさは迷った。確かに、可愛い美夜に遊びに来てとせがまれて、悪い気はしない。何かと甘えてくる美夜は、一人っ子のつかさにとって妹が出来たみたいな感じで、まんざらでもなかった。しかし、美夜はアキトの妹。つまり吸血鬼<ヴァンパイア>である。万が一のことなどないと信じてはいるが、少し警戒する部分も否めなかった。
そこへ、ちょうど近くにいて、アキトの話を聞いていた薫が、それなら自分も、と名乗り出た。薫はアキトたちが吸血鬼<ヴァンパイア>であることを知らず、単にまた美夜と会ってみたいと思ったのだろう。とりあえず連れが出来たことによって、つかさは心強く思った。
学校が終わり、一旦、自宅で私服に着替えたつかさと薫は、最寄り駅で待ち合わせ、こうしてアキトの住むマンションを訪れた。
これまで新聞部の寧音<ねね>が、アキトの自宅を突き止めようとして苦心していた場所だ。二人が訪れたことを知ったら、さぞかし寧音<ねね>は悔しがっただろう。いや、逆に嬉々として、自分も一緒に行くと言い、訪問取材を敢行したかもしれない。
とにかく、いつまでもマンションの前に突っ立っているわけにもいかなかった。二人は豪奢の造りの正面入口をくぐった。
中は案の定、オートロック式になっていた。薫が部屋番号を押し、インターホンで呼び出す。
「はい。仙月です」
程なくして可愛い声が聞こえてきた。美夜だ。
「あっ、薫です。お言葉に甘えて、遊びに来ました。つかさも一緒です」
「キャッ! お姉さまも来てくださったんですね! 嬉しい! 今、開けます。どうぞ」
そう言うや否や、自動ドアが開いて、二人をエレベーター・ホールへ導いた。中には噴水があり、二階分の吹き抜けには巨大なシャンデリアが吊り上げてある。まるで高級ホテルのような豪華さだ。感嘆の声と足音がやけに反響する。二人はそこから外の眺望も楽しめるガラス張りのエレベーターに乗り、十三階へ上がった。
何から何までハイソなマンションに、つかさは居心地の悪さを感じた。つかさは下町育ちで、家も昔ながらの日本家屋だ。もし、こんな所へ住めと言われたら、緊張ばかりでくつろげやしないだろう。
「うわー、私たちの町も見えるわ。さすがは超高層のマンションね」
そわそわしているつかさに反し、薫はすっかり外の景色を堪能していた。そう言えば、薫は観覧車での事件(「WILD BLOOD」第7話を参照のこと)からも窺えるように、高い所が大好きなのである。薫なら、ここへ住みたいと言い出すに違いない。
エレベーターは静かに十三階へ到着した。廊下は水を打ったような静けさで、本当に人が住んでいるのか怪しく思えてくる。団地のように自転車や植木鉢が放置されるようなこともなく、まったく生活感が伝わってこなかった。
二人は案内板に従って、1313号室──アキトの部屋を探し当てた。
通り過ぎてきたところもそうだったが、部屋には表札など一切ない。どれも同じ扉ばかりだ。違うのは部屋番号だけで、まったく画一化されている。つかさは気味悪さを覚えた。
ひょっとして、このマンションには普通の人間など住んでいないのではなかろうか。アキトのような吸血鬼<ヴァンパイア>が、人間の目を盗んで、棲家にしているのではないかと、そんな想像をしてしまう。
だが、もうここまで来てしまった。薫はそんなつかさの心配をよそに、普通にインターホンを押す。
「はーい」
すぐに声がして、扉が開けられた。出迎えたのは美夜だ。その後ろには、アキトも覗き込んでいる。
二人の顔を見て、ようやくつかさはホッとした。
「わーい! つかさお兄ちゃんと薫お姉ちゃんだぁ! どうぞ、中へ入って!」
トレードマークのおだんご頭を揺らしながら、美夜は悦びを表現した。その屈託ない笑顔に、つかさたちもつられて笑う。
「こんにちは、美夜ちゃん。お邪魔させてもらうよ」
そう言って、つかさは仙月宅へ足を踏み入れた。
「早く、早く!」
つかさが靴を脱ぐぬのもじれったそうに、美夜は手を引いて、中へ誘った。危なく、つかさはスッ転びそうになる。
「お邪魔します」
「よお」
上がり込んだ薫に、アキトがニヤニヤした顔を向けていた。理由もなく癇に障る薫。
「何よ?」
「いや、嬉しいなと思ってよ。まさか、お前がオレん家へ来るとはね」
「別にアンタの家だから来たんじゃないわ。私は美夜ちゃんに会いに来ただけ」
「とかなんとか言っちゃって。ホントはオレのことをもっと知りたかったんだろ?」
ウインクまでしてくるアキトにうんざりしながら、薫はその脇をすり抜け、つかさたちの背中を追って奥のリビングまで進んだ。アキトは楽しそうに、その後に続く。
「ほらぁ、薫お姉ちゃんも来て!」
つかさに腕を絡ませながら、美夜が窓際で薫を呼んだ。薫は室内を見て、絶句する。
マンションの外観も凄かったが、内部も凄かった。まず、目に飛び込んでくるのは町を一望できる窓だ。特に今日は天気がいいので、遠くの方まで見渡せる。もっと空気が澄んでいれば、富士山も望めたであろう。
そして、その外には小さなテーブルにお揃いのチェアが二つが置かれたバルコニーが張り出している。決してベランダなどという矮小なものではない。プランターもいくつか見られた。
外へばかり視線が行ってしまったが、リビングも豪華だった。フローリングの床に高級そうなムートンのカーペットが敷かれ、その上に大理石<オニキス>のテーブルと本皮のソファが据えられている。壁側には57V型の巨大液晶テレビが陣取り、他にも鏡面仕上げのガラスケースやら象嵌をあしらったサイドボードなど、ありとあらゆるものが高級調度品で占められていた。
それらが成金的ないやらしさを感じさせず、品良くまとまっているのだから、ただただ感嘆の吐息しか出てこない。これらを揃えた者の趣味とセンスが窺えた。
「アンタのご両親って、何をやっている人?」
薫が犯罪者でも見るような目つきでアキトに尋ねた。
「さあ、親父とお袋は海外暮らしなんでな。今頃、何をやっているのやら。最近は連絡も取り合ってねえから、さっぱり。でも、オレたちがここに住んでいるのは、兄貴のお陰なんだよ」
「お兄さん?」
「ああ。普段は区役所勤めだけど、副業があるみたいで、そっちでいろいろと稼いでるみてえだ」
「副業って、公務員がそんなことしていいの?」
「さあね。もちろん、それが何かは、互いに干渉しない主義だから知らねえけど。だから、この部屋はみんな兄貴の趣味さ」
アキトの話を聞いて、益々、薫は怪しく思った。こんな高級マンションに居を構えていられる副業なんて、きっとよからぬことに違いない。何しろ、アキトの兄だ(苦笑)。どんな悪党でも驚けないと、薫は勝手に想像していた。
「薫、ウチの学校が見えるよ」
つかさに言われ、薫も窓に近づいた。確かに、薫たちの通う琳昭館高校が見える。
「外へ出てみる?」
「いいの?」
美夜に促され、薫はバルコニーへ出た。風が心地よい。十三階の高層から町を睥睨すると、まるで精密な模型を眺めている気分になった。
夜になったら、また違う雰囲気を味わえることだろう。このバルコニーでシャンパンを傾けながら夜景を楽しんだら、どんなにロマンチックだろうか──って、薫はまだ未成年の高校生だけど(爆)。
つかさと薫は隣り合って、眺望を堪能した。
しばらくして、
「今日はお兄ちゃんたちが来るって言うから、私、ホットケーキ焼いたんだ。食べるでしょ?」
と、はしゃぎながら言う美夜に、つかさと薫は微笑みを向けた。
「へえ、ホットケーキか」
「美味しそうね。ごちそうになるわ」
二人はバルコニーから室内へ戻った。
[RED文庫] [「WILD BLOOD」TOP] [新・読書感想文] [次頁→]